【村井敏邦の刑事事件・裁判考(75)】
再審開始決定に対する検察官の特別抗告について
 
2018年3月26日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
大崎事件の再審開始決定
 1979年10月、鹿児島県大崎町で男性(当時42歳)が自宅の牛小屋で遺体で見つかった事件で、男性の義姉のHさんと親族3人(いずれも故人)が殺人と死体遺棄の疑いで逮捕・起訴されました。Hさんは終始無実を訴えましたが、1981年4月に懲役10年が確定して服役しました。Hさんは、1995年4月に鹿児島地裁に対して第1次再審請求をし、2002年に鹿児島地裁が再審開始を決定しましたが、福岡高裁宮崎支部はこれを取り消し、再審請求を棄却しました。2007年に提起した第2次再審請求も退けられ、2015年7月に第2次請求を申し立てました。
 この第3次請求に対して、2017年6月28日、鹿児島地裁は、再審開始の決定を出しました。鹿児島地裁は、その決定の中で、本件の死因について窒息死であるという証拠はなく、また、新証拠として提出された共犯者らの自白についての心理学的供述分析によって、自白の信頼性に疑いが出た結果、請求人と共犯者らの共謀も、殺害行為も、死体遺棄もなかったのではないかという疑いがぬぐいきれないとして、再審開始を決定しました。

再審開始決定を維持した控訴審決定
 検察官の即時抗告を受けた福岡高裁宮崎支部は、2018年1月17日、検察官の抗告を棄却して鹿児島地裁の再審開始決定を維持しました。控訴審は、地裁が重視した心理学的供述分析については、信頼性が低いとしましたが、「首を圧迫したことによる窒息死と積極的に認定できる所見がない」とした法医学者の鑑定の信用性を認めて、転落事故などによって死亡した可能性を認め、結局、再審開始決定の判断を支持して、検察官の即時抗告を退けました。
 第一次の請求に対する開始決定から数えて、3回目の開始決定です。このように、地裁、高裁と違った裁判所が3回も再審開始の判断を示したのは、初めてのことです。

開始決定に対する検察官の不服申し立ての問題
 上述のように、審級の違う裁判所が3回も再審を開始すべきだとの判断を示していること、請求人は90歳という高齢であることを考えると、検察官はこれ以上の不服申し立てをして、再審開始を遅らせるべきではないという声が、再審弁護人からだけではなく、実務家、研究者から上がってきたのは当然です。
 筆者も刑事法研究者有志の一員として、「大崎事件再審開始決定を支持した即時抗告決定に対して特別抗告しないことを求める刑事法学者声明」に名を連ねました。それは以下のようなものです。

「長年再審無罪を求めてきた請求人の年齢は既に90歳に達しており、人道上の観点からもこれ以上の再審公判の遅れは許されることではありません。本件では既に裁判所から三度も有罪の確定判決に疑いがあることが示されてきたことを踏まえ、検察庁においては特別抗告を断念すべきです。
 そもそも特別抗告は憲法違反や憲法解釈の誤り、最高裁判例と相反する判断がなされた場合に認められる大変例外的な上訴であり、即時抗告審においてそうした事由に該当するような誤りが発生したり、判断がなされたりしていないことは明らかです。
 早期の再審公判の機会を保障することこそ、正義の実現の名に相応しいと言えるでしょう。
 私たち刑事法学者は、大崎事件の再審開始決定を速やかに確定させて、請求人に対して再審公判の機会が一刻も早く与えられるよう強く求めるものです。そのため、検察庁において特別抗告を断念されるよう切に要望します。」

 大崎事件の特別抗告には、請求人が高齢であり、これ以上再審開始が遅れることには、請求人が耐えられない状態であることが、現実的な問題として大きく、公益の代表者としての検察官の立場(検察庁法4条)からしても、特別抗告をしないという決断をすべきであるということもあります。
 このように、具体的事件の解決問題としても、検察官の特別抗告には問題があります。これに加えて、再審請求事件であることが、検察官の即時抗告、特別抗告には疑問を投げかけます。

再審の性格と検察官の不服申し立て
 戦前には、再審が被告人の不利益にも申し立てる制度としてありました。しかし、戦後の刑訴法改正によって、被告人に不利益な再審申立てはできないことになりました。再審は、あくまでも被告人の利益にのみ申し立てることができるようになったのです。
 再審が被告人の利益にのみ存在する制度であることを考えると、再審開始決定に対する不服申し立ても、自ずから制限を受けるはずです。本来は、戦後の刑訴法改正に当たって、この点も明記すべきだったと思います。しかし、その点が明記されなかったことによって、現在の問題が生じています。
 明記はされませんでしたが、再審の性格からするならば、検察官の不服申し立ては、基本的には認めないというのが、暗黙の了解となっていると考えるべきでしょう。
 まして、特別抗告というのは、例外中の例外です。明らかな憲法違反か判例違反の場合にのみ、認められるものです。
 大崎事件の再審開始決定やこれを支持した福岡高裁の判断に明らかな憲法違反や判例違反は認められません。かりに検察官の不服申し立てを制限的にではあっても認めるとしても、明白な憲法違反や判例違反がない事件について、公益の代表者としての検察官が不服申し立てをすることは、制度の趣旨に反する行為と言わざるを得ません。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。