【村井敏邦の刑事事件・裁判考(74)】
市民と刑事施設(2)
 
2018年2月26日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
岐阜地裁の判決
 前回紹介したように、筆者の意見では、旧監獄法に代わって制定された刑事収容施設法は、旧監獄法時代と違って、国民に開かれた刑事施設を標榜し、したがって、その規定は被収容者と刑事施設職員だけでなく、一般市民をも名宛人にしていること、旧監獄法の規定について出された最高裁判所の判断は、改正後の刑事収容施設法の規定の解釈を縛らないことを示しました。
 これに対して、2016(平成28)年3月29日の岐阜地裁判決は、「人が他人と面会し,会話を交わすことは,憲法13条,21条の規定の趣旨に照らし,保障されるべき基本的人権であって,本来自由に行い得る行為ではある」としながらも、「自由刑は制裁として場所的移動を中核とする自由の剥奪を目的の一つとするものであって,他人と自由に面会できるとすればその趣旨に反すること,受刑者の改善更生を図るために好ましくない社会関係を遮断する必要があること,面会では事前の検査ができず不適当な意思連絡を十分に抑止できないことから,信書の発受などとは異なり,受刑者の面会については,基本的にこれを制限する理由がある」としました。
 その一方で、親族等との面会を認める必要がある場合があるので、「刑事収容施設法は,受刑者に対し,親族や重大な利害に係る用務の処理のため面会が必要な者などとの面会については権利として保障する一方(同法111条1項),それ以外の者との面会については,その権利を認めず,受刑者において面会を必要とする事情があり,かつ,面会により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ,又は受刑者の適切な実施に支障を生ずるおそれがないと認められるときに限り,刑事施設の長の裁量によってこれを許すことができる旨定めている(同条2項)。」とし、2008(平成20)年の最高裁判決を引用して、「人が他人と面会し,会話を交わすことは,憲法により保障されるべき基本的人権であり,面会申出者が受刑者との面会について固有の利益を有している場合があることは否定し得ないが,上記のとおり,憲法が刑罰として自由刑という制度を容認している以上,上記自由刑の本質から,受刑者のみならず,受刑者でない国民も,受刑者と面会することについて制限を受けるのであり,刑事収容施設法によって刑事施設の長の裁量により面会が許されるにすぎない裁量面会については,面会申出者に受刑者と面会する権利が保障されているとはいえない。そして,同項は,裁量により面会を許す場合の要件として,面会申出者ではなく,受刑者において面会を必要とする事情を求めているのであるから,同項が面会申出者の固有の利益と刑事施設内の規律及び秩序の確保並びに適切な処遇の実現の要請との調整を図る趣旨を含むものと解することはできないというべきである。」としました。
 このように、岐阜地裁は、旧監獄法の規定について判断した最高裁判決が刑事収容施設法の規定の解釈にも適用されることを前提として、刑事収容施設法111条1項は親族等には面会を権利として保障しているが、2項は、一般の面会申出者については施設収容者との面会を必要とする特別の理由があると、施設長が認めた場合にのみ面会を認めるものであって、一般に面会を申出る固有の利益を認めたものではないとしたのです。その結果、岐阜刑務所の所長が行った甲らに対する面会不許可処分は、施設長の裁量の範囲内にある適法な処分だったとしました。

2017年10月5日の控訴審判決
 控訴審・名古屋高等裁判所は、結論として、面会不許可処分は刑事収容施設法111条2項による施設長の裁量権を逸脱する違法な処分であるとして、岐阜地裁の判決を取り消しました。
 その理由は以下のようです。
 「従来の監獄法においては,拘禁の本質が外部交通の厳格な遮断を含む社会からの完全な隔離にあり,また,好ましくない社会関係を遮断するためにも,外部交通は基本的に禁止され,その一部解除として恩恵的かつ制限的にのみ認められていたにすぎず,同法45条2項は,「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定して,その相手方を原則として親族に限定していた。
 しかし,受刑者であっても,親族など一定の範囲の者との外部交通は,人道上の要請などから,これを保障するのが適当であると考えられるほか,今日では,一般に親族だけではなく,友人・知人が受刑者と社会との良好な関係の維持に重要な役割を果たすに至っており,その者らとの外部交通は受刑者の改善更生と円滑な社会復帰を促進するための重要な手段となる。また,こうした交友関係の維持のほかにも,外部交通を必要とする事情がある場合がある。
 そこで,刑事収容施設法110条以下は,好ましくない社会関係を遮断する必要性を重視していた監獄法の考えを改め,外部交通により,好ましくない社会関係が維持され,改善更生の妨げとなるような場合でない限り,面会により積極的・具体的に改善更生に資するという事情がなくとも,相手方との関係が維持されること自体が改善更生と円滑な社会復帰に資することを留意して,広く外部交通が認められるようにすべきことを規定し,親族等の一定の者との面会は基本的に保障する(権利面会)とともに,それ以外の面会についても,これを必要とする事情があるなど,一定の要件を充足した場合には,刑事施設の長の裁量により,これを許すことができる(裁量面会)としたものである。」
 イ、「このように受刑者の外部交通を積極的に認め,友人・知人との交友関係の維持それ自体が面会を許す理由になることを明確にした刑事収容施設法の趣旨に照らせば,同法111条2項にいう「交友関係の維持」の意義は,特に文言を限定する必要はなく,むしろ広く解釈することが法の趣旨に合致するから,通常の交友関係があれば足り,その長短や濃淡は問わないと解するのが相当である。そして,このように解したとしても,同条項は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ,又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがない」との要件により,面会による不都合がないよう絞りをかけているのであるから,特段不都合は生じない。」
 ウ、「監獄法と異なり,外部交通を広く認めようとする刑事収容施設法の前記趣旨からすれば,「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ,又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがないと認めるとき」との要件は,刑事施設の長において,単に抽象的な懸念を抱いているという程度では足りず,個々のケースの実情に即して,合理的な根拠をもってそのおそれがあると認められる場合でなければならないと解される(平成17年4月26日の第162回国会参議院法務委員会会議録第15号12頁の政府参考人答弁参照)。」
 エ、「刑事収容施設法111条2項による裁量面会は,上記(1)イ及びウの要件の下で「これを許すことができる」と規定しているから,刑事施設の長には,面会申出の許否の判断に当たり,一定の裁量があることは否定できない。しかし,相手方との関係が維持されること自体が改善更生と円滑な社会復帰に資することを留意して,広く外部交通が認められるようにすべきことを規定した同法110条は,裁量面会の許否判断の指針として働くとみるべきである。その上,「交友関係の維持」は,受刑者と面会申出者との個人的な関係を基礎とするものであるから,受刑者がその交友関係の維持を望む限り尊重されるべきものである。
 そうすると,刑事施設の長は,「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ,又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれ」がない限り,交友関係がある友人・知人との面会それ自体が,その関係を維持し,受刑者の改善更生と円滑な社会復帰に資するものであるとして,基本的にこれを許さなければならないというべきであり,その意味で,刑事施設の長の裁量の幅は相当程度制限されるものと解される。」
 このように、地裁判決が、交友関係がある友人・知人との面会はとくに処遇に必要な場合に許すとしていたのに対して、高裁判決は、これらの者との面会も基本的に許さなければならないとして、原則と例外を逆転させて、施設長の裁量の幅を制限しました。
 一般の人との面会の権利性まで認めているのではないこと、依然として面会を処遇の一環として考えていることなど、根本的なところでは不満足なところがありますが、旧監獄法と刑事収容施設法との理念の転換を意識しつつ、一般の人との面会を大幅に認める判断をしたという点では、開かれた刑事施設への大きな一歩と評価できると思います。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。