【村井敏邦の刑事事件・裁判考(69)】
職務質問と防御権保障――職務質問はどこまで許されるか
 
2017年6月28日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

職務質問後の追尾とビデオ撮影
 本年5月2日、覚せい剤取締法違反罪で公判中に保釈されていた男性が、自宅近くの路上で職務質問を受け、尿の提出を求められました。これを拒否して、弁護人を務める弁護士に相談しようと大阪弁護士会館に向かったところ、警察官約10人がビデオ撮影しながら追尾してきたというのです。男性は、弁護士と会館前で会って、そのまま弁護士と一緒に会館内へ入り、エレベーターで会館13階にある会員専用フロアに行きました。警察官たちは、会館に入る時も、エレベーター内でも、会員専用フロアでも、ビデオ撮影をしながら、男性と弁護士を追尾していたということです。
 この追尾のため、男性と弁護士は、弁護人と依頼人としての法律上の相談をすることができなかったといいます。
 こんなことが許されるのでしょうか。この事案での警察官たちの行動の問題点を書き出してみましょう。

警察官の行動の問題点
 第一、自宅近くの路上から弁護士会館までの間の追尾。
 第二、弁護士会館前で男性と弁護士とが会い、弁護士会館内に入った後も、ビデオ撮影を継続しながら、会館内へ入ったこと。
 第三、会館内において、13階までのエレベーター、会員専用フロアへの立ち入りと、そこでのビデオ撮影。
 第四、上記の警察官の行為のため、男性と弁護士とは、弁護人と依頼人との相談をすることができなかったこと。

職務質問が許される要件
 まず、自宅近くの路上での職務質問の是非について考えてみましょう。警察官職務執行法2条1項によると、1「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」か、2「既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者」に対して、警察官は質問をすることができます。
 男性の言うところによると、自宅近くの病院に治療のために向かったところ、病院前で数人の警察官に取り囲まれ職務質問を受けたということです。この時点で、男性に異常な挙動その他何らかの犯罪を犯し、犯そうとしていると認められる事情があったのでしょうか。病院に行くというのは、異常な挙動とはいえないでしょう。通常ではないことといえば、男性が覚せい剤違反の罪で保釈中である人物だということだけです。しかし、それだけで職務質問をすることはできません。
 男性が病院前で職務質問の対象になったのは、なぜでしょう。男性がふらふらしているのを警察官がたまたま見掛けたというのではないようです。おそらくは男性が保釈中にまた覚せい剤を摂取するであろうと考え、日常行動を監視していたと見る以外にありません。しかし、保釈中の人は裁判所への出頭義務がありますが、それ以外に、日常行動を監視される理由はありません。
 この時点で上記の職務質問の要件に当たる状況があったとはいえず、ましてその後、執拗に男性を弁護士会館まで追尾する根拠は、見当たりません。

警察官の弁護士会館内への立ち入りとビデオ撮影
 男性は、警察官たちがあまりに執拗なので、弁護人に相談しようと思い、弁護士会館前で弁護人と会い、弁護士会館内に入りました。警察官たちも、ビデオ撮影をしながら、弁護士会館内に入ってきました。
 刑事事件において、弁護人と依頼人とは、秘密で相談する権利があります。刑事訴訟法は、身体の拘束を受けている被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権を保障しています。これは、身体の拘束を受けている人であっても、弁護人との間の交通は秘密でなければならないことを規定したものであって、拘束されてない人の場合には、弁護人との間の相談は秘密であることは当然のことです。
 一般に、人はだれと会い、どのような話をするかの自由があります。保釈中の人にも、その自由は保障されています。男性が弁護士会館前で弁護人と会うことについて、警察官がそれを監視するというのは、この一般人にも保障されている自由を侵害しています。
 それのみならず、弁護人と依頼人との秘密交通の権利は、弁護人と会うこと自体についての秘密をも含みます。したがって、弁護士会館前で男性が弁護士と会うことを警察官が突き止めることは、この秘密性を侵害することになるでしょう。
 さらに問題は、その時点から警察官はビデオ撮影をしたことです。
 警察の言い分は、職務質問に当たって尿の任意提出を求めたが、それを拒否されたので、強制採尿令状を請求中であり、そのための所在把握のために弁護士会館内に立ち入り、ビデオ撮影が必要であったというものです。
 「令状請求中」というのは、警察官の行為を正当化することになるでしょうか。
 下級審の判例の中には、「強制採尿令状の請求に取りかかったということは、捜査機関において同令状の請求が可能であると判断し得る程度に犯罪の嫌疑が濃くなったことを物語るものであり、その判断に誤りがなければ、いずれ同令状が発付されることになるのであって、いわばその時点を分水嶺として、強制手続への移行段階に至ったと見るべきものである。したがって、依然として任意捜査であることに変わりはないけれども、そこには、それ以前の純粋に任意捜査として行われている段階とは、性質的に異なるものがあるとしなければならない。」(東京高判平22. 11. 8 高刑集63巻 3 号 4 頁、判例タイムズ1374号248頁)としたものもあります。
 しかし、令状請求をしただけで、まだ裁判所が令状を出したわけではありません。請求を却下することもありえます。その段階で、強制捜査と同様の権限が捜査側に与えられるというのは、乱暴な話です。
 嫌疑が深まったというのも、あくまでも捜査側の判断であって、最終的な判断権者は裁判所です。上記の判例は、捜査側の判断に重きを置きすぎています。
 また、仮に単純なる任意捜査から段階は少し進んだと考えるとしても、それによって、弁護人と依頼者の秘密交通権を侵害してよいということにはなりません。すでに見たように、身柄拘束下の被疑者にも秘密交通権が保障されています。強制採尿令状の請求中であるとはいえ、保釈中の被疑者の弁護人との相談の機会に捜査機関が立ち会うことは、どのように考えても正当化されません。
 まして、弁護士会館内まで無断で立ち入り、ビデオ撮影を継続することは、被疑者と弁護人との個別的な防御権を侵害するのみならず、弁護士会館側の施設管理権ならびに弁護士自治を侵害する行為です。
 弁護士会館は、弁護士と依頼人その他の人との相談の場として、とくに承諾を受けない限りは、会員である弁護士以外の立ち入りが原則として許されない、私的領域です。弁護士との相談のために立ち入る一般の人は、当然、立ち入りが許されていますが、そうでない人物が立ち入るについては、少なくとも、弁護士会館の管理者の許可を必要とします。
 管理者の許可を得たとしても、弁護士自治を侵害することはできません。また、警察官の無断立ち入りを許すことになると、弁護士としての活動の自由、とくに弁護人として保障されている一般的防御権を侵害するおそれがあります。
 この事件で、男性は、警察官に見張られた中で弁護人と相談はできないということで、会館から外に出ました。警察側は、ビデオ撮影は少し離れたところからしており、弁護士と男性との会話は採取されていないとして、弁護権侵害はないと主張しているようです。
 しかし、会話が聞こえたか否かは問題ではありません。離れたところからにしろ、数人の警察官が注視し、ビデオ撮影が継続されている中での弁護人と被疑者との打ち合わせをすることに支障があることは明らかです。

なぜこうしたことが起きたのか
 上記のように、この事件における警察官の行動は、弁護権・防御権という観点から見て、重大な権利侵害といわざるを得ません。
 弁護会館内部まで警察官が追尾し、さらにビデオ撮影を継続したという今回のようなケースを、これまで見聞きしたことはありません。
 しかし、私が見聞きしていないだけかもしれません。同様なケースが知らない間に発生している可能性もあります。そうだとすると、恐ろしいことです。
 共謀罪法が成立し、監視社会へ傾斜していくのではないかという思いが強くなってきている現在、被疑者・被告人の最後の砦とも言うべき弁護権・防御権の基盤が崩されてきているのではないかという不安を感じさせる事件です。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。