【村井敏邦の刑事事件・裁判考(52)】
東住吉事件に対する再審開始決定
 
2015年11月26日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
東住吉事件とは

 1995年、大阪市東住吉区の青木惠子さん宅で発生した火災で長女が死亡しました。火災原因不明のまま、青木さんと内縁の夫・朴龍晧さんによる保険金目当ての放火殺人事件として起訴されました。二人は公判開始以来、一貫して無実を主張しましたが、2006年、無期懲役が確定して、青木さんは和歌山刑務所、朴さんは大分刑務所に収監されました。

再審開始決定

 2009年夏、青木さんは再審請求を行い、弁護団の要請によって、「ガソリン7.3リットルを床にまき、ターボライターで火を付けた」とする「朴自白」どおりの再現実験を行うこととなりました。2011年5月20日、「新再現実験」は当時と同様の家屋内ガレージを再現して、火災発生時と同種の車両、風呂釜・浴槽・煙突なども設置し、検察事務官の立ち会いのもとに実施されました。その結果、朴自白どおりにガソリン7.3リットルをまき終えるには、いくら急いでも36秒かかり、風呂釜の種火が付いた状態でガソリンをまき始めると、20秒経過した時点でガソリン蒸気が風呂釜の種火に引火、すぐに燃え広がり、車庫全体が炎と黒煙につつまれ、ガソリンをまいた人も大やけどを負うことになり、「朴自白」での犯行は「科学的に不可能である」と証明されました。
 2012年3月7日、大阪地方裁判所第15刑事部は、「新再現実験」の証拠価値を認め、確定判決の有罪認定に合理的疑いが生じるとして再審開始を決定しました。

検察官の即時抗告

 再審決定に対して、大阪地方検察庁は、「新再現実験」が「犯行時の状況を正確にそっくりそのまま再現していない」として即時抗告をしました。即時抗告審の大阪高裁第4刑事部では、弁護団の証拠開示勧告申立により、裁判所が開示を勧告し、その結果、事件当時の取調警察官の「偽証」が判明し、弁護団は朴自白の任意性に疑問が生じたとして「再審請求理由の追加的主張」を展開するなどのこともありましたが、再審開始決定から3年有余の歳月が経過した2015年10月、抗告審の決定が出されました。
 この間、検察官は「新再現実験」に対抗して、燃焼実験と称して床の傾斜をゆるやかにしたり、くぼみをつけたりして実験を行ないましたが、弁護団の新再現実験とほぼ同じ内容になりました。
 2015年10月23日、大阪高裁は再審開始を認めた大阪地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却しました。同時に、裁判所は、「拘束が20年に及ぶことに照らすと、刑の執行を今後も続けることは正義に反する」として刑の執行を10月26日午後2時で停止する決定を出しました。青木さんは和歌山刑務所から、朴さんは大分刑務所から仮釈放されました。裁判所の決定理由にあるように、二人が逮捕されたのは、1995年9月10日なので、自由を拘束されてから20年以上が経過していたのです。

再審開始決定確定を受けて

 検察官は、刑の執行停止に対しては異議申し立てをしましたが、裁判所はこの申立てを却下しました。再審開始決定に対して特別抗告をするのではないかと心配されましたが、10月27日に検察官は抗告を断念する旨を公表し、再審開始決定が確定しました。これからやっと再審が開かれます。
 これまでの経過の中で、いくつかの問題が浮き上がりました。
 第一に、再審開始決定と同時に、刑の執行停止の決定があったのですが、実際に刑の執行が停止されるまで3年7月も経っていることです。最初の刑の執行停止決定に対して、検察官が異議を申し立て、それを裁判所が認めたためです。裁判所が認めた理由が、刑の執行を停止するまでの深刻な事態になっていないということですが、無罪の可能性のある人を一日でも拘束するというのは、深刻な事態です。まして、自由の拘束があってから18年有余の歳月が流れているのです。一体、検察官や裁判所は、人が自由を奪われるということをどう考えているのか、そのこと自体も深刻な事態です。
 そもそも、再審開始決定が確定するまで4年近くの時間が経過したことに大きな問題があります。再審開始決定に対して、検察官の即時抗告を認めたための結果ですが、一体、再審開始決定に対して検察官の不服申し立てる制度というのは妥当な制度といえるでしょうか。
 開始決定の手続きが誤っているというような形式的なことならば、これを直ちに是正するために検察官の異議申し立てを認めることに、一定の妥当性があります。しかし、有罪判決の事実認定に誤りがあったとして再審開始決定が出された場合に、これに対する不服申し立てはむしろ再審公判ですべきでしょう。そのために開始決定手続と再審公判という2段階の手続にしているのです。
 即時抗告審において、検察官の主張の中心は、裁判所が再審決定の理由とした再現実験に対する異議です。これはまさに再審公判のテーマです。しかも、自らが行った実験によっても弁護側と同様な結果が出たというのですから、いたずらに確定までの時間を延ばしただけです。もしこの間に再審申立て人が死亡するなどの事故があれば、決定に対して不服申し立てを認めていることの問題は、きわめて重大です。
 実は、再審の手続は、旧法のままです。旧法では、刑を受けた人に不利益な再審申立ても認めていました。しかし、現在は、利益再審しか認められていません。このような再審制度の根幹が変わったのに、検察官の異議申し立てを認めるなど、手続にはこのような制度の性格の変化は反映していません。
 再審制度にかかわる手続規定を改めることは、急務の課題です。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。