【村井敏邦の刑事事件・裁判考(43)】
GPSを用いた捜査手法再論
 
2015年1月19日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
 2012年4月2日の本欄で、「日本でもあるGPSによる行動確認捜査」という記事を書きました。そこでは、GPSによる追跡を憲法違反としたアメリカ合衆国最高裁判所の判例を紹介したうえで、「実は、日本でも、このような捜査が行われている」として、「ウィニーによって流出した捜査情報の中に、愛知県警の警察官が殺人事件の参考人となった人の自動車にGPS装置を着けて、その行動確認をしていたことを報告する文書がはいっていた」と指摘しました。
 そこでも記載したように、「この事件は起訴されなかったため、法廷でGPSによる追跡捜査の違法性が問題にはなりませんでしたが、もしなっていたとすれば、裁判所はどう判断したでしょうか」という問いを発したのですが、今回は、現実にこの点を問題にした国家賠償訴訟が起こされたことによって、このような捜査方法の適法性が裁判所で争われることになったことを紹介したいと思います。

愛知県に対する国家賠償請求訴訟

 報道によると、2014年3月中旬、名古屋市守山区に住む男性の自家用車に、愛知県警が無断でGPS端末を取り付け、男性の行動を監視していたことを男性が発見し、10月に愛知県を相手取って名古屋地裁に国家賠償請求訴訟を起こしたということです。男性は、プライバシーを侵害されたとして、県に約140万円の賠償を求めています。
 GPS端末は、男性の自宅マンションの駐車場に止めていた乗用車の底に、磁石とともに取り付けられていました。このGPS端末は大手警備会社が貸し出しているもので、男性が約1週間前に確認した際には取り付けられていなかったということです。
 12月19日、名古屋地裁で第1回口頭弁論が行われ、原告男性側代理人は、男性の自家用車にGPS装置を無断で装着することは、現行法では認められておらず、違法だと主張しました。これに対して、被告県代理人は、任意捜査として認められているとして、請求棄却を求めました。
 GPS端末の装着による行動監視が国家賠償訴訟の対象になったのは、今回が初めてで、この訴訟の成り行きは注目されます。他方、刑事事件の中でGPS捜査の適法性が争われているケースが、福岡地裁に係属しています。

福岡地裁の事件

 福岡地裁でGPS端末を使った捜査が問題になっている事件は、福岡県警による覚せい剤取締法違反の捜査で、被疑者となっていた男性の車にGPS端末を無断で取り付け、追跡していたとされるものです。この男性は覚せい剤取締法違反で逮捕・起訴され、現在控訴審の審理が行なわれています。公判では、弁護人が「違法捜査」だと主張しているのに対して、福岡県警は令状が必要ない「任意捜査」なので問題ないとしています。
 福岡地裁は、この事件について2014年3月5日、「GPS端末の設置と覚せい剤事件に関連性はない」として、GPS端末の設置について違法性を判断しないで、懲役2年(求刑懲役3年)の有罪判決を言い渡しました。その一方で、裁判長は、弁護側が捜査手法を問題にした点については「傾聴に値する部分も多々含まれている」と述べました。この事件については、GPS端末の設置と覚せい剤事件との関連性を否定したものの、このような捜査手法について、裁判所としても問題意識をもっていることを示したことになります。

GPS端末を用いた捜査手法の一般化

 GPS端末を用いた捜査手法に明確な法的根拠はありません。捜査側は、これを任意捜査であるから、必要性のある限り、とくに令状をとることなく用いることができるとしています。
 警察がその根拠としているのが、2006年6月30日付警察庁刑事局刑事企画課長名の「移動追跡装置運用要領」という通達です。全国の警察では、この通達に基づき、GPS端末を用いた捜査を、秘かに実施していたということです。
 これによると、GPS端末の使用要件として、(1)一定の犯罪の捜査を行うに当たり、犯罪の嫌疑、危険性の高さなどにかんがみ速やかに被疑者を検挙することが求められる場合であって、他の捜査によっては対象の追跡を行うことが困難であるなど捜査上特に必要があること、(2)犯罪を構成するような行為を伴うことなく、この要領に掲げられている物のいずれかに取り付けることの2点が挙げられています。ただし、情報公開請求の結果取得された文書には墨塗りがされているため、どのような犯罪の捜査を行う場合に用いることができるか、どのような物に取り付けることができるのかについてはわかりません。
 使用手続等としては、(1)警察本部捜査主幹課長による事前承認、(2)運用状況の所属長や本部主幹課長への報告、(3)継続使用の必要性の検討という項目が挙げられています。
 最後に、「保秘の徹底」として、「移動追跡装置を使用した捜査の具体的な状況については文書管理を含め保秘を徹底し、特に次の事項に留意する。」とされており、ア〜ウの3項目が挙げられていますが、これもすべて黒塗りが施されていて、具体的にどのようなことに留意しなければならないかについてはわかりません。

GPS端末を用いた捜査手法の問題点

 前に紹介したように、アメリカ合衆国最高裁判所は、被疑者の自宅の駐車場に止めてあった自家用車の底にGPS端末を装着して、10日間にわたり被疑者の行動を監視していたというジョーンズ事件の判断において、多数意見は、住居の不法侵入の理論により、少数意見は、合理的な期待についてのプライバシー理論により、いずれも憲法に違反する捜査方法であるとしました。
 愛知県警をはじめとする日本の事例も、ジョーンズ事例とほぼ同じです。日本の憲法35条も、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を保障しています。合衆国最高裁の多数意見が指摘するように、無断で人の自家用車にGPSを装着する行為は、ここで禁止されている住居侵入に当たります。「自動車は住居ではない」という反論は成り立たないでしょう。また、少なくとも、「所持品の捜索」には当たります。
 さらに、ジョーンズ事件の少数意見を基にすると、長期間のGPSによる監視は、合理的な期待に反し、プライバシー侵害となります。警察は、任意捜査であると主張していますが、強制捜査と言わざるを得ないのです。
 このようにどちらの面からも、法的根拠なしにこのような捜査方法を用いることは、憲法違反のそしりを免れません。警察庁の内部の通達が法的根拠となりえないことは言うまでもありません。
 このような内部通達によって、しかも厳重な「保秘」条項によって市民の前から秘密にしたまま、このような捜査手法が全国的に実施されてきたことが、むしろ問題です。もしこのような捜査手法が憲法に違反せず、また、その必要性があると考えるならば、国会でその点を議論すべきでしょう。それこそが立憲主義国家のあるべき姿です。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。