【村井敏邦の刑事事件・裁判考(42)】
私戦予備罪について
 
2014年12月12日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
イスラム国と私戦予備陰謀罪

 今年の10月6日、警視庁は、イスラム教の過激派組織「イスラム国」の活動に参加しようとシリアへの渡航を計画していた北海道大学の学生に対し、「私戦予備陰謀罪」の容疑で、任意で事情を聴き、宿泊先などを捜索したことが報道されました。
 この学生は、神田の古書店に貼られていた求人広告を見て、シリア行を決意したようです。ネット上で出回っている求人広告には、次のように記載してあります。
 「求人 1.勤務地:シリア、詳細:店番まで 2.勤務地:新疆ウィグル地区、職種:警備員、資格:日本国籍、給与:月額15000元、備考:中国語不要、暴力に耐性のある方、面接時思想チェックあり、詳細:店番まで *当店と関係ありません。」
 この求人広告では、イスラム国への参加求人とはわかりません。「暴力に耐性のある方」という備考欄の記載が、多少それを匂わせているか、というくらいでしょうか。報道によると、警視庁の事情聴取に対して、学生は、「シリアに行って、イスラム国の戦闘員になるつもりだった」といったということですが、関係者の弁では、本当にその気があったのかは疑わしいとのことです。
 この事件報道以来、私戦予備陰謀罪とはどんな罪かとについて、関心が高まりました。法律家の間でも、この罪についてはほとんど知られていなかったからです。実際、刑法の授業でも、私戦予備陰謀罪について触れられることは、ほとんどありませんし、現実に、この罪が適用されたこともありません。
 これまでも、外国の軍隊に雇われて、戦闘行為に参加した日本人がいたことは、報道されています。しかし、その行為が日本の刑法で問題になったという情報には、私は接触したことがありません。
 刑法93条に規定されている行為は、「私戦予備陰謀」であって、「私戦」行為そのものは処罰されていないので、現に外国の軍隊に所属して戦闘行為をしても、処罰されないからだ、という説明があります。しかし、仮に、私戦行為そのものが処罰されるとしても、外国の軍隊に所属して戦闘行為を行うことが、「私戦」に当たるのかが、そもそも問題になるでしょう。この点について、答が「No」ならば、今回の学生の行為についても、刑法93条の罪には当たらないことになります。
 そこで、まず、「私戦予備陰謀罪」というのは、どういう罪かということが問題になり、次に、今回、警視庁がこの罪の適用を考えた理由は、どこにあるのかが問題になります。

私戦予備陰謀罪の沿革

 現行刑法の私戦予備陰謀罪の規定は、明治13年制定の旧刑法133条に遡ることができます。旧刑法133条は、「外国に対し私に戦端を開きたる者は有期流刑に処す其予備に止る者は一等又は二等を減す」としていました。私戦そのものを処罰の対象にしていたのです。
 旧刑法の制定については、フランス人のボアソナードが深くかかわっていたことは、よく知られています。ボアソナードは、旧刑法について解説しているところによると、現に外国に対して戦闘行為をした者と予備にとどまった者とは同じ刑に処するというのが、ボアソナードの当初の考え方だったようです(ボアソナード『刑法講義筆記第44回』)。それが旧刑法のように変わった理由については、「忘れた」とのみ記されています。
 ボアソナードによれば、交戦状態にない外国に対して行われる戦闘行為は、そのことによって戦争に発展するおそれがあるので、絶対に禁止されなければならないというのです。その点で、ボアソナードは戦闘準備行為も同様に処罰すべきだと主張したのです。
 ところで、現行の私戦予備陰謀罪は、国交に関する罪に分類されていますが、旧刑法では、外患に関する罪になっています。私人が外国に戦闘行為を仕掛けることが、日本の安全を害することになるというのが、旧刑法の私戦処罰の理由であるのに対して、現行刑法は、外国との国交を重んじる趣旨の規定だということになります。

現行法における私戦予備陰謀罪

 上記のように、現行刑法では、国交に関する罪の章に、私戦予備陰謀罪が規定されています。旧刑法と違って、私戦そのものの処罰規定はありません。現行刑法の制定過程では、私戦そのものを処罰すべきか否かについて、現行93条のように、予備陰謀のみを処罰すべきという意見と、私戦行為そのものを処罰すべきとの意見とが対立していました。前者の意見が現行法で採用されたわけです。私戦行為を処罰すべきだとの意見は、外国との平和を維持し、外国政府を保護するためには、予備陰謀を処罰するよりも戦闘行為を処罰すべきだとしていました。
 これに対して、予備陰謀罪のみを処罰すべきだとの意見は、外国で行われる戦闘行為の処罰は当該外国の法律によって処罰されるのであって、日本の刑法の問題ではない、また、もしこれによって死傷の事態が生じた場合には、殺人罪等の規定で処罰すればよいなどが、理由として挙げられています(『刑法改正審査委員会決議録第68回明治27年11月19日の項』)。刑法の教科書類では、私人が外国に対して戦争を仕掛けることは、現実的なこととして想定できないということも挙げられています。

どのような行為が私戦予備陰謀罪か

 現行法では、「外国に対し」となっていますが、旧刑法や現行刑法の制定過程では、「本国より戦書を送らざる外国に対し」(いわゆる「ボアソナード刑法草案」)とか、「締盟国に対し」(明治28・30年刑法改正草案)とかの案が出されていました。この二つの案は、方向性がまったく逆の可能性があり、大変興味深いところです。前者は、日本と敵対する国との関係を問題にしているのに対して、後者は、日本との同盟関係のある国との関係を問題にしているようです。現行刑法の規定は、その両者を想定していることになります。
 「私戦」の意義については、上のボアソナード草案などでは、宣戦布告のない戦争行為を意味しており、単なる私人が外国との戦闘行為に加わることではないことが明瞭です。後者の旧刑法改正の過程で出された意見なども、単純なる戦闘行為を意味しているのではなく、一定の組織的な戦争行為が考えられています。そうであるからこそ、私戦そのものは想定できないという考えが出てくるわけです。
 このように考えると、今回の学生の行為について、仮に、イスラム国の戦闘行為に参加する目的でシリア行きに応募したとしても、私戦を企てたということはできず、私戦予備・陰謀罪には当たらないことになります。
 では、どのような行為が私戦予備・陰謀罪に当たることになるでしょう。この罪は、日本国の決定による戦争があることを想定しているので、憲法9条の下では存在そのものが疑問であるという意見があります。
 たしかに、国際紛争を解決する手段としての戦闘行為を禁じている憲法9条からするならば、日本国政府が戦争を決定することはできないはずです。そうなのです。憲法9条のもとでは、合憲的な戦争行為はあり得ないはずです。戦争行為を目的とした政府の決定は、すべて「外国に対し私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした」ことに当たります。憲法を改正しないでする集団的自衛権の行使の内閣決定は、まさに私戦予備陰謀罪だということになります。

なぜ今、私戦予備・陰謀罪の適用か

 いままでも、外国で行われている戦闘行為に加わる目的で外国に行った日本人がいました。その情報は、警察当局も把握していたはずです。しかし、これまで、少なくとも、私戦予備・陰謀罪が持ち出されたことはありません。検討がされたかもしれませんが、おそらくはその適用が難しいとされたのではないでしょうか。
 今回、あえてその難しい条文を出してまで、学生の行為を問題にしたのでしょうか。一つには、イスラム国対策を国際的に要請されていることとの関係があります。外国人報道人の処刑がその出身国の者によって行われたということが報道されています。このことによって、イスラム国に参加するための渡航を食い止めることが、特に欧米諸国では至上命令になっており、それが日本の公安当局にも及んでいるということが考えられます。
 このような公式的な見方に対して、今回の事情聴取と捜索は、特定秘密保護法適用の予行演習だという見方があります。ありそうなことです。
 私は、それを超えて、9条改定後の予行演習ではないかという思いさえもしています。何といっても、現在の政治情勢とあまりにも合いすぎます。私人による戦闘行為は処罰されることを国民に告知して、政府による戦闘行為の「合法化」する意図があるのではないかと、思うのですが。これが単なる憶測に過ぎなければよいのですが。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。