袴田さん釈放劇をめぐる法的問題  
2014年4月28日
大出良知さん(東京経済大学現代法学部教授)
 再審開始決定は、前回触れたように、「証拠がねつ造された」と強く指摘することになりました。そこには、裁判官達の怒りをも見て取ることもできます。その怒りが、「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない。一刻も早く袴田の身柄を解放すべきである」という決定になったとも考えられます。
 それにしても、釈放までの経緯と法的な関係がどうなっていたのかという点については、マスコミ報道でも必ずしも明らかになっていないのではないかと思いますので、少し専門的になりますが、整理しておきたいと思います。
 再審開始決定は、刑訴法448条2項に依拠して、拘置を停止しました。
 その448条2項は、「再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。」と規定しています。
 この規定をめぐってこれまでまず問題になったのは、死刑執行のための「拘置」が、この規定のいう「刑の執行」に当たるのかということでした。死刑について規定した刑法11条は、1項で、「死刑は、・・・絞首して執行する」と規定し、その2項が、「死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで刑事施設に拘置する」と規定しています。この規定によれば、死刑の場合の執行は、あくまでも「絞首」であり、「拘置」は、刑の執行には当たらないとも読めます。しかし、やはり死刑確定事件で再審で無罪になった松山事件の再審公判を担当した仙台地裁が、拘置は死刑執行手続の一環であり、448条2項にいう「刑」に当たるという理解を示すことになりました。しかも、「死刑=絞首」とは可分であり、既に「絞首」は再審開始決定によって停止されていましたが、再審公判担当裁判所は、事後的に「絞首」とは可分の「拘置」の執行を停止することができるとしました。
 それは、その前に再審開始になり、無罪になっていた2件の死刑囚再審で、裁判所は、確定判決(死刑判決)の効力は、再審の判決が確定するまで失われないという立場をとり、しかも、「拘置」は、刑の執行ではないという立場をとっていたため、再審公判で無罪を言い渡した際に、再審公判裁判所が、「拘置」を解くことができないということになってしまいました。それでとられた方法は、検察官が、442条但書によって釈放するという方法でした。しかし、この但書は、再審請求段階で「検察官は、再審の請求についての裁判があるまで刑の執行を停止することができる」という規定で、いかにも便宜的な方法であったといわざるを得ません。それで、仙台地裁は、自ら無罪判決の際に、釈放する方法として、448条2項を利用する解釈をしめしたということです。
 今回の開始決定も、拘置が「死刑の執行行為に必然的に付随する前置手続である」として「死刑執行の一環」として「刑」に含まれるとしました。そして、さらに、刑の執行停止が直ちに釈放につながる場合との不均衡や仙台地裁が苦慮したであろう、無罪判決の場合に刑に当たらないとすると釈放の手立てがなくなるといったことをも指摘しています。
 ということで、静岡地裁は、その裁量で「拘置」も停止しました。ということになったときその後はどうなるかという問題がもう一つあります。刑訴法の再審についての規定は、448条1項による再審開始決定には、不服の申立を認めています(450条)。ですから、不当としか言いようがありませんが、検察官は不服を申し立てました。しかし、448条2項による刑の執行停止には、再審に関する規定では不服申立を認めていません。ですから、448条2項による停止があった場合には直ちに釈放すべきだという解釈も可能のように思われます。
 しかし、検察官は、通常抗告という手段に訴えました(419条)。あるとすれば、確かにこの方法しかありません。でも、実は、この通常抗告には、刑の執行停止を停止する効力はありません(424条1項)。ですから、やはり釈放しなければならないということになります。ただ、検察官から通常抗告が申し立てられたときには、刑の執行を停止した裁判所、この場合は静岡地裁が職権で刑の執行の停止を停止することができます(424条1項但書)。現に、検察官は、静岡地裁に職権の発動を促す申し立てを行っています。しかし、静岡地裁は、決定内容から窺えるように、その気はさらさらなかったということであり、検察官は釈放の手続をとらなければならないことになったということです。
 東京高裁は、翌日(28日)、袴田さんの「年齢、精神の状態等に鑑みれば、その身柄を確保する現実的な必要性が高いということはできない」として、検察官の通常抗告を棄却しました。
 遅すぎた再審開始決定はともかくも、この釈放は、裁判所の英断として評価すべきでしょう。
 
【大出良知さんのプロフィール】
九州大学法科大学院長などを経て、現在東京経済大学現代法学部教授。専攻は刑事訴訟法、司法制度論。
『裁判を変えよう−市民がつくる司法改革』『長沼事件 平賀書簡−35年目の証言、自衛隊違憲判決と司法の危機』など著書多数。