2011年5月、江田五月法相(当時)は、「新たな刑事司法制度を構築していく」ことを目的として法制審議会に対して諮問した。これを受けて法制審議会は同年6月に「新時代の刑事司法制度特別部会」を設置したが、その審議の中で大きな焦点の一つが、取調べの録音・録画の拡大と法制化についてである。
他方、江田五月法相は、同年3月に公表された「検察の在り方検討会議」の提言を受け、検察庁特捜部及び特別刑事班で身体を拘束した事件について、全過程の録音・録画を含む録音・録画の試行を指示した。
その後も8月に、法務省が取調べの録音・録画に関する省内勉強会の取りまとめと取組方針を発表するなど、取調べの録音・録画の法制化については、かつてないほど議論が行われているように見える。その背景には、相次ぐ冤罪事件によって法務省や警察庁など捜査当局が社会的批判にさらされたこと、また、与党となった民主党がそのマニフェスト(2009年)に取調べの可視化を掲げていたことなどがある。
しかし、法制化に向けた動きは決して早いとは言えず、法案提出の目途は立っていない。また、取調べの「全過程の録画」については捜査機関側の根強い抵抗があり、「一部録画」の導入に留めようとする動きも見られる。「一部録画」は、捜査当局側の都合の良い部分しか録画されない危険性が高く、日弁連やアムネスティ・インターナショナルなど多くの市民団体は強く反対している。
アムネスティは、世界各地の拷問や虐待の廃絶を目指し、また、公正な裁判の保障を求めて取り組んできた。その中で、長年にわたって日本の刑事司法制度の問題を指摘してきた。日本の刑事司法制度は自白偏重であり、多くの場合、自白は代用監獄制度の下で被疑者が長期間にわたって勾留されている間に得られている。自白を得るために、弁護人の立会いが認められない中で殴打や脅迫、睡眠時間のはく奪、早朝から深夜に渡る取調べ、被疑者を不動の体勢で長時間立たせたり座らせたりするなどのさまざまな拷問や虐待が行われていることが繰り返し報告されている。
こうした拷問や虐待と自白の強要を防止するために、被疑者に対する取調べを適正なものにするための人権保障措置を具体的に講じる必要があることは、これまでに報道されている冤罪事件からも明らかである。とりわけ、国連の拷問等禁止委員会、自由権規約委員会などが勧告しているように、代用監獄制度の廃止、取調べ中の弁護人の立会い、証拠の全面開示、そして取り調べの全過程の録音・録画は人権保障措置の必須事項である。
自由権規約委員会は、2008年の自由権規約に関する日本政府への総括所見で、取調べの全過程の録画の確保と弁護人の立会いの権利保障を勧告し、同時に、「刑事捜査における警察の役割は、真実を確定することではなく、裁判のための証拠を収集することであることを認識」すべきである、と明記している。
法務省、警察庁と同庁を所轄する国家公安委員会、法制審議会特別部会、そして与野党など、取調べの録音・録画の制度化の議論に関係するすべての関係者は、上記の言葉をしっかりと胸に刻み、国際人権基準に沿った方向性を早期に打ち出し、実現すべきである。
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