刑務所や少年院を出た後に 〜 「更生保護」を考える  
2011年8月22日
桑山亜也さん(NPO法人監獄人権センター上級研究員)

 「更生保護」という言葉に馴染みのある方はどれくらいおられるだろうか? 
  おそらく刑務所の中については、何らかの具体的なイメージを持っているとしても、その出所後については、ほとんどイメージが涌いてこないというのが大方ではないだろうか。
  さて、更生保護とは、国の施策であり、その根拠となる法律もある。それが更生保護法である。同法1条の法の目的には、「この法律は、犯罪をした者及び非行のある少年に対し、社会内において適切な処遇を行うことにより、再び犯罪をすることを防ぎ、又はその非行をなくし、これらの者が善良な社会の一員として自立し、改善更生することを助けるとともに、恩赦の適正な運用を図るほか、犯罪予防の活動の促進等を行い、もって、社会を保護し、個人及び公共の福祉を増進することを目的とする。」とある。
  ここには、ふたつの目的が書かれている。ひとつは犯罪をした者や非行のある少年の改善更生を助けることであり、もうひとつは、社会の保護と個人や公共の福祉の増進である。
  実は、歴史的に見て、更生保護の目的(理念)は、改善更生と再犯防止、または福祉と社会防衛、いずれの視点を強調するのかという論争が、研究者や実務家の中で長くなされてきている(それぞれが何を意味するのかは、必ずしも同一ではないが)。現行の更生保護法制定(2007年)に至るプロセスが、被害者の死亡を伴う複数の重大事件の発生を契機として始まったことから、必然的に再犯防止や社会防衛がより強調された法律になってしまったという評価もなされている。
  更生保護とは、すなわち「犯罪者や非行少年」を対象とした施策なのだから、その目的として「再犯防止は当たり前ではないか」という疑問が涌いてくるかもしれない。
  しかし、上述の論争の底流には、改善更生または福祉的なアプローチなくしては、結局は再犯防止には繋がらないという知見がある。それは、国内外の実践と理論の蓄積から導かれてきたものである。そして、改善更生や福祉的アプローチは、更生保護の対象となっている人たち(例えば、刑務所から仮釈放や満期で釈放された人たち)の人権・主体性の尊重の上に成り立つものであるとも考えられている。
  さて、更生保護という言葉には馴染みがなくても、「保護司」という言葉は聞いたことがある方が多いかもしれない。保護司とは、「法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員」であるが、報酬はない。あくまで民間のボランティアとして、自宅に刑務所や少年院を出た人たちを招いたりして、生活や心の支援を行いながら、更生保護を長く支えてきた。保護司だけでなく、刑務所や少年院を出た人たちの一時的な生活の場を提供する更生保護施設など、日本の更生保護は、こうした多数の民間のボランティアが活躍してきた。1990年代に入って、日本ではボランティア・NPOの活動が盛んになったと言われているが、更生保護はまさにそのずっと以前から民間の力なくしては成り立たなかったと言える。
  昨今、社会構造の変化など諸要因によって、こうした民間の力の(人的・経済的)弱体化が言われて久しい。他方で、上述の新法等によって作られた新たな制度のもとで、更生保護における国の関わりは以前よりも大きなものとなっている。
  国の義務として、更生保護の諸施策を行うことは、権利義務関係が明確となるという利点もある。例えば、刑務所を出てきたある人について、(改善更生のひとつの要素である)就職ができるようになるまで、誰がちゃんと責任を持つのかがより明確になるということは必要である。
  他方、更生保護の目的は、かつて犯罪をした者や非行のある少年が、「社会内において」改善更生を果たすことであるとされている。とするならば、これをどう実現すべきか突き詰めていくと、同じ社会で生活している我々が彼らとどう向き合っていくのか、共に生きていくのかを問わざるを得なくなる。実際、更生保護の目的は、専ら国任せでは実現するのは難しい。
  犯罪・刑罰・刑務所などをテーマとした文章を読んでいると、度々「更生」を「更正」と誤って用いているものに出会う。後者は、誤りを訂正することである。しかし、前者は、漢字の意味を捉えれば、新たに生き直すことである。そこには、「犯罪を行ってしまった」という誤りを訂正すべき正しい解答がひとつ用意されているわけではない。犯罪が生ずる原因・過程は、実に多様で複雑である。そして、「更生」もまた複雑であり、難しい。
  犯罪がない社会に生きられるに越したことはないが、今のところそのような社会はどこにもない。犯罪を行ってしまった人たちが社会に戻ってきたときに、国として、社会として、そして私たち個人個人として、何をすべきか、そして何ができるのか、それを問い続けて行きたい。

※ 参考文献:松本勝編著『更生保護入門』成文堂・2009年;刑事立法研究会編『更生保護制度改革のゆくえ 犯罪をした人の社会復帰のために』現代人文社・2007年;法務省ウェブサイト(保護局のページ)

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【桑山亜也(くわやま・あや)さんのプロフィール】
2006年龍谷大学大学院法学研究科博士後期課程において、法学博士号を取得(刑事法学)。現在、NPO法人監獄人権センター上級研究員、龍谷大学矯正・保護総合センター嘱託研究員。