【村井敏邦の刑事事件・裁判考(3)】
検察審査会の議決と強制起訴――陸山会事件を素材として――
 
2011年7月4日
村井敏邦さん(大阪学院大学教授)

検察官の起訴独占主義のもう一つの例外
  2回にわたって、付審判請求事件を扱いました。検察官の起訴独占主義に対するもう一つの例外としては、検察審査会の議決による強制起訴の制度があります。今回は、民主党の元党首小沢一郎氏の政治資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件を素材にして、検察審査会制度について考えてみましょう。

検察審査会とは
  検察審査会制度も戦後直後の司法改革の中で実現した、一種の市民の司法参加の制度です。英米にある大陪審制度をモデルとして作られたものですが、大陪審制度とは必ずしも同じではありません。決定的な違いは、大陪審は、起訴・不起訴の判断をするのに対して、検察審査会は、検察官のした不起訴判断の当否だけを判断します。もう一つの違いは、大陪審は起訴・不起訴の決定権をもっていますが、検察審査会は基本的には勧告権をもつにとどまっています。ただし、この点については、最近の改正で、検察審査会が2度起訴相当という決議をした場合には、その決議をもって起訴されたことにするという起訴議決の制度ができました。この制度によって強制起訴となった事件は、陸山会事件以前に明石花火大会歩道橋事件、JR福知山線脱線事件、沖縄県南城市未公開株詐欺事件の3件あり、今回取り上げる陸山会事件で4件目です。

陸山会事件とは
  民主党の小沢一郎氏の政治資金管理団体である「陸山会」が2004年と2005年に土地を購入した際に、小沢氏の秘書3人が収支報告書に虚偽記載したとして、2010年11月、市民団体が、政治資金規正法違反で東京地方検察庁へ告発しました。この告発を受けて、東京地方検察庁特捜部が捜査を開始し、I衆議院議員と小沢氏の秘書2名を逮捕しました。小沢氏についても、別の市民団体が政治資金規正法違反で告発し、やはり捜査が開始されました。
  2010年2月、東京地検特捜部は、秘書2名を起訴しましたが、小沢氏については、嫌疑不十分で不起訴としました。これに対して、告発した市民団体が不服申立てをし、検察審査会は告発にかかる土地購入の経緯の虚偽記載について起訴相当の議決をしました。ところが、検察庁は再び不起訴とし、これに対する不服申し立てを審査した検察審査会は、上記2件の土地購入の経緯の虚偽記入に、告発事実にはない借入金の不記載を加えて、再度起訴議決をすることを公表しました。
小沢氏は、この起訴議決に対して、強制起訴手続きの差し止めの行政訴訟と、強制起訴手続きにおいて検察官役となる指定弁護士の選任をしないように、東京地方裁判所に仮差し止めと執行停止の申し立てをしました。

起訴議決の問題点

第一 告発事実を超える起訴議決
  今回の起訴議決の問題点は、3点あります。
  第一は、検察審査会が告発されていない事件を追加して、起訴議決した点です。検察官は、告発事件について不起訴判断をしたわけで、検察審査会は、この不起訴判断の当否を判断するのが役割だとすれば、検察審査会の判断の範囲は告発事件に限られることになります。検察審査会法には、とくにこの点についての定めがありません。検察官の起訴を受けた裁判所には、起訴で申し立てられた事実の範囲についてのみ判断するという不告不理の原則が適用されます。しかし、検察審査会についてはどうでしょう。必ずしも不告不理の原則があるとは思われません。検察官の場合には、告発事件を超えて捜査できますし、また、起訴もできるでしょう。告発は捜査の端緒になるにすぎません。
  しかし、問題は、起訴強制のためには、検察官が同じ理由で2度不起訴処分にした事件につき、検察審査会が2度起訴議決をしたことが必要だということです。検察審査会が追加した事件が、検察官が2度不起訴処分にした事件とは別である場合には、その事件については、強制起訴の要件が備わっていないことになります。
  ただし、二つの事件が関連したものであるとすると、法律上は一つの事件として評価することも可能ですので、強制起訴がその関連した事件についても行われたとしても問題はないと考えることができます。いずれにしても、この点は、公判で争われることになるでしょう。

第二 起訴議決に対する行政訴訟
  第二は、検察審査会の起訴議決に対して、行政訴訟を申し立てができるかです。この点について、東京地裁は、小沢氏の申し立てを却下し、最高裁判所も「起訴議決の適否は刑事訴訟の手続きで判断されるべきもので、行政訴訟で争えない」と判断して、東京地裁の決定を支持しました。
  検察審査会のした議決の当否を行政訴訟で争えることになると、市民参加の検察審査会の判断を裁判所が否定することになります。市民参加の実を得るためには、起訴後の手続きで争うほうがよいでしょう。ただし、違法な起訴が行われた場合には、できるだけ早く手続きから解放したほうがよいので、そうした場合の手続きからの解放の方法については、一般的に検討を必要とするでしょう。

第三 強制起訴の判断は緩やかでよいか
  第三に、2回目の起訴議決について、起訴するに足りるだけの証拠がないのに、ともかく裁判所の判断を求めるべきだという趣旨で起訴強制に至ったという見方があります。議決の最後に次のような判断が示されているところが問題となるところです。
  「政治資金規正法の趣旨・目的・世情等に照らして、本件事案については、被疑者を起訴して公開の場(裁判所)で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である。」
  いわば権力犯罪の起訴の判断は、通常の事件の起訴の場合よりもハードルを低くして、公判で事実を明らかにするのがよいというのは、一つの考えです。職権乱用罪に対する順起訴手続きの判断については、私も、そのように考えないではありません。しかし、一般の犯罪も扱う検察審査会の判断で、そのようなダブルスタンダードが許されるでしょうか。ダブルスタンダードを認めると、基本的な市民的自由が脅威にさらされる危険があるという指摘があります。この指摘にも耳を傾けるべきでしょう。
  また、市民参加の手続きだから、少し緩やかな判断であってもよいのではないかということがどうでしょうか。この点も、市民が判断するのだから、検察官とは違う基準で考えてよいということにはならないように思います。市民的感覚で事実を見ることは大事ですが、起訴するかどうかの判断においては、やはり厳密な判断を必要とすると考えるべきです。裁判員裁判での有罪判断が緩やかでよいということにならないのと、同様です。

 
【村井敏邦さんプロフィール】

一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。