司法過疎対策のセカンドステップ(1)  
2010年11月8日
米田 憲市さん
(鹿児島大学大学院司法政策研究科〔法科大学院〕教授)
 

1.司法過疎問題との出会い
私の勤務先である鹿児島大学法科大学院では、離島等司法過疎地における法律相談実習を「必修科目」にしています。この科目では、毎年、屋久島と種子島にそれぞれ3泊4日で赴き、それぞれ2日間で20件から30件の法律相談を受けます。学生たちは、このいずれかの島に行って、簡易裁判所で裁判所内の見学と司法事情の講習を受け、法律相談の会場となる島内各地や観光地を廻ってその雰囲気を把握しながら、自分が臨席する4件程度の法律相談の記録作成と、相談案件全ての報告検討会を経験します。
私自身、法社会学の研究者として、司法アクセスの問題や弁護士の大都市偏在などの研究成果に学び、こうした地域における司法制度のあり方に問題があると言うことについては、一定の知識を持っていました。しかし、7年前からこの科目を担当し、法律相談を実施するための現地との交渉、予約の受付状況、一部の相談への同席、報告検討会などを経て、当初からすれば想定外の事情と格闘していることに気付くようになりました。

島の法律相談の検討会

2.これまでの司法過疎対策:量的アプローチ
司法過疎と呼ばれる地域への従前からの対策としては、地方裁判所の本庁・支部の管轄単位に弁護士が二人未満の地域を「ゼロ・ワン」地域と呼び、「ゼロ・ワン」すなわち「司法過疎」という理解を前提にしてきました。この解消を目指して弁護士を配置する施策を基調に進められてきたのです。そして、司法制度改革の構想期やその実施過程を通じて、日本弁護士連合会のひまわり基金、日本司法支援センター(法テラス)の活動などにより、そう遠くない将来に、その解消が実現しようとしています。
しかし、これで司法制度改革審議会意見書が謳う「社会生活上の医師としての弁護士」という状況に足りたわけではないし、「司法過疎」の問題が解決したのかというと、決してそうとはいえないと感じています。
そもそも、「ゼロ・ワン」という概念自体が地方裁判所の本庁・支部の配置を基に構想されているという限界を内包しています。より通常的で木目細かな生活基盤となっている行政単位や企業組織や行政組織他、社会生活を支える諸組織や共同体で見た場合はもちろん、長崎や鹿児島、沖縄などに存在する多くの離島や山間部の集落など、裁判所との物理的な距離が存在する地域においては、従前と変わらず、住民や組織・共同体と司法の距離は大きいといわねばなりません。さらに最近では、都市部における「司法過疎」も指摘されるようになっています。
このように司法政策の対象としての司法過疎対策において、「ゼロ・ワン」地域という概念は、現象を把握し、政策目標とその対策を定める上で大きな成果を上げ、現在ではその役割を終えたところにあると言えます。日本弁護士連合会は、新たな政策目標として「弁護士1人当たりの人口が3万人を超えるような地域を、特別に対策が必要な地域(弁護士偏在解消対策地区)として定め、2013年を目処に解消する」ことを目指すとしています。

3.セカンドステップの課題
上述の通り、司法過疎対策は、セカンドステップに進もうとしています。それを可能にしたのは、弁護士の増員による、投入可能な人的リソースの充実とそれを支える財政措置にあることは間違いありません。しかし、ここで確認しておきたいことは、法曹が真の意味で「社会生活上の医師」となり、我が国において法の支配を完徹するためには、より生活者の視点、現地での実務家や諸機関の活動可能性を踏まえた新たなパラダイムのもとで、「司法過疎」という問題そのものの再定位が求められているということです。
以下、この議論をする中で出会う、気になる点を三つ指摘しておきたいと思います。

4.「田舎に紛争はない」というのは都市伝説
あえて「田舎」といいますが、第一は、田舎は平和であるとか、共同体内で紛争が解決するという推定で議論をすることは危険であると言うことです。
「田舎に紛争はあるのか」と、頭から言われることがよくあります。鹿児島大学法科大学院が設置されるとき、設置認可の現地調査に来た著名法学者は、この授業科目について、「この科目自体が成立するのか。相談がなかったらどうするのか」と真剣に質問しました。当時は、私たちもある程度の確信を持っていましたが実績がなかったので、「行ってみなければ分かりませんが大丈夫です。なければ戸別訪問で法意識調査をします」と答えました。しかし、実績に基づいて自信を持って説明している今でも、「ふーん」と腑に落ちない風で応対されることがままあります。
田舎の人々の社会も、極端な表現ですが、人間同士の生活です。確かに、産業的に共同性を基盤にしなければならない場面もあり、長期的に見ると何かで角の立つことをしにくい関係にあるように感じられることもあります。しかし、逆に、だからこそ、早く手を打ってすっきりした方がよい場合もあります。そもそも、紛争の契機が少ないとか、司法制度や法曹が介在しなくても自然と解決されるというのは思い込みに過ぎないと感じます。
また、田舎の人々の生活は、田舎で完結するものではありません。集落外の人との人間関係や取引関係、集落外に持つ不動産に関する問題など、それも、その生活圏のある都道府県に止まるものでさえありません。また、その集落に新たに住むようになった人々との間では、これまでのやり方では通用しない場合がままあります。紛争の相手方も、個人から企業まで極めて多様です。通常訴額で測られる紛争案件の規模も小さなものばかりではありません。

<次号に続く>

 
【米田 憲市(よねだけんいち)さんのプロフィール】
1966年横浜生まれ。神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学。
神戸大学法学部講師、鹿児島大学法文学部助教授を経て、現在、鹿児島大学 大学院司法政策研究科(法科大学院)教授。専攻は、法社会学。