市民にわかりやすい司法へ(1)  
2010年9月27日
大河原眞美さん(高崎経済大学教授)
  ―――大河原さんはこのたび『みんなが知らない“裁判ギョーカイ”ウラ話』(大修館書店)を出版されました。市民には裁判官や検察官、弁護士の仕事や役割はあまり知らされていません。それをわかりやすく示す本として意義深いと思います。
まず、この本の出版の動機・問題意識からお聞かせください。
(大河原さん)
私は昨年、『裁判おもしろことば学』(大修館書店)という本を出版しました。私は言語学を研究しているのですが、裁判で使われている言葉は、法律関係者にはわかっても、市民にはわかりづらく、市民の日常とはかけ離れた言葉も多く、閉鎖的な感じがしていました。裁判用語・法律用語は古い言葉が多く、また、かつて西洋から入ってきた法律用語を無理に翻訳したものが多く、わかりづらいものです。
  言葉には、それを使う人々の世界を表す指標のようなところがあります。そして、その言葉の特徴はそれを使う人々の特徴が反映している場合が多いのです。裁判用語・法律用語には市民の日常とかけ離れた言葉が多く、その意味で面白いのですが、法律家の人々もまた、失礼ながら面白いところがあります。たとえば、検察官。超エリートの人たちは今なお風呂敷を使われます。格好のいいアタッシュケースの方が似合う人たちだと思うのですが、昔ながらの風呂敷を使っています。実に面白いと思います。
そんなところから、法律家の人々とその“業界”の姿を、その“業界”にはいない市民である私が、市民にわかりやすく伝えたいと考え、『みんなが知らない“裁判ギョーカイ”ウラ話』を出版したということです。

―――法律用語・裁判用語には市民の日常とかけ離れた言葉がある、とのことですが、具体的にご指摘ください。
(大河原さん)
たとえば、「未必の故意」。これは市民の日常には出てこない言葉です。「殺すつもりはなかったんだけど、もし死ぬなら死んじゃってもいいかなと思った」なんてケースに使われる言葉です。「初めから殺そうと思っていた」ということならば「確定的故意(殺意)」があったということですが、「未必の故意」の場合の罪はそれよりは軽くなります。この言葉は、法律用語・裁判用語としては大変重要な意味を持ち、法廷でも多用されます。しかし市民が「未必の故意」などと法廷で聞いても、普通は何のことかわかりません。「えっ、密室の恋?」などと絶句する人もいるのではないでしょうか。
また、法律用語・裁判用語には、市民が普通にイメージする内容とは異なって用いられる言葉があります。よく使われる、「無罪」という言葉もそうです。「無罪」は、法廷では、被告人の行為が犯罪にならないこと、犯罪が証明されないこと、という意味で使われています。しかし「無罪」という言葉に対する市民のイメージは、法廷で使われる言葉とは乖離しています。市民は、マスコミ報道などによって、「こいつ、絶対に犯人だよ」と感じるような事件で「無罪」判決が出ると、「えっー」と納得いかないきもちになります。それは市民の中に、「無罪」=「罪の無い」という表現には、悪意が無くて純粋であるというイメージがあるからなのです。法律用語・裁判用語の「無罪」は「有罪とはいえない」ということで、それは法律家には常識なのですが、市民の感覚とは大きなギャップがあるのです。
その他にも、法律用語・裁判用語には、市民の日常とかけ離れた言葉、市民のイメージと乖離している言葉はたくさんあります。日本弁護士連合会は「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」を設け、私も参加して、法廷用語をやさしく言い換えるための提案をおこないました。その結果は『やさしく読み解く 裁判員のための法廷用語ハンドブック』(三省堂)という本にまとまっています。

<次号に続く>
 
【大河原眞美(おおかわらまみ)さんのプロフィール】
高崎経済大学大学院地域政策研究科長。
専門は法言語学。日本弁護士連合会の法廷用語日常化検討プロジェクト外部学識委員、法と言語学会会長、日弁連法務財団研究主任研究員、分かりやすい司法プロジェクト座長、を務める。
著書に、『みんなが知らない“裁判ギョーカイ”ウラ話』(大修館書店)、『裁判おもしろことば学』(大修館書店)、『市民から見た裁判員裁判』(明石書店)、『裁判からみたアメリカ社会』(明石書店)がある。