【村井敏邦の刑事事件・裁判考(51)】
「白鳥決定」40周年にあたって
 
2015年10月19日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
奥西さん、医療刑務所で死去

 名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんが先日(10月4日)午後12時過ぎ、拘置所で亡くなりました。89歳でした。第9次再審請求中のことです。
 折しも、今年は、「疑わしきは被告人の利益」原則が再審にも当てはまるとした「白鳥決定」から40周年目です。11月7日には、これを記念するシンポジウムが青山学院大学で開かれる予定です。名張事件の弁護人もこれに出席して、第9次再審請求の状況について発言することになっています。
 そうした矢先に、奥西さんの死去の報がはいってきました。

名張事件を振り返って

 事件は、1961年3月28日、今から56年前に発生しました。奥西さんがこの事件の犯人として逮捕されたのが同年4月3日、第1審が奥西さんに無罪判決を下したのが、1964年12月23日、53年前。控訴審名古屋高裁の逆転有罪、死刑判決が46年前の1969年9月10日。この死刑判決が確定したのが、1972年6月15日。以来、奥西さんは死刑受刑者としての生活を43年間過ごしてきました。
 奥西さんは終始一貫無罪を主張してきました。一審の名古屋地裁は無罪判決だったのですが、控訴審がこれを覆して、一転して死刑を言い渡しました。これが確定して、以後は、第7次再審請求審まで、再審請求をことごとく退けてきました。

名張事件とのかかわり

 私は、「奥西さんを支援する東京の会」代表として、第5次再審請求からかかわってきました。1993年の第5次再審請求では、異議審の決定書を受け取る場に弁護団と一緒に立ち会いました。前日夜の弁護団の集まりで、再審開始決定が出るのではないかという予想が大勢を占めました。当日の模様について、以下の一文が残っていたので、引用します。

 「3月31日、名張弁護団は、名古屋高裁準備室で書記官から決定書が届けられるのを待っていた。主任書記官は、何度も顔を出し、弁護団長と打ち合わせをしていた。「主任の笑顔は、自然だね。死刑がかかっているのだから、棄却だったら、あんなに自然な笑顔は出ないよ」。誰かが言った。どんな兆候でも見つけて、いい方向に解釈したいという思いは、準備室にいる者、全員に共通していた。10時少し前に、鈴木泉弁護団長と数人の弁護人が書記官室に決定書謄本を受け取りに行った。
 9時20分、段ボールに入った決定書のコピーと要旨が準備室にも届けられた。全員が段ボールに向かった。最初に要旨を手に取った者が、「棄却か」と呟いた。その呟きは、一瞬であり、また疑問形のようにも聴こえたので、他の者はまだ決定内容に期待を持って、要旨と決定書を手にした。しかし、右の呟きは、疑問形ではなかった。その瞬間、だれももう何も言わなかった。ただ黙って決定書と要旨に眼を走らせていた。書記官室から謄本を受け取って戻ってきた鈴木弁護士が、それでも何とか言葉を励まして、「ともかく弁護士会館に戻ろう」というのに、皆、力なくうなづき、のそのそと渡り廊下を使って弁護士会館に用意された弁護団会議室に戻った。
 「棄却決定をなぞっているだけじゃないか」と、吐き出すように弁護団の一人が言った。しかし、実は、そうではない。棄却決定以上に白鳥決定から遠くなっている。」

「司法殺人」だ

 裁判所が、冤罪の訴えに耳を貸さず、再審請求を蹴っている間に訴えている人が死亡した場合、司法の怠慢がその人を死に追いやったという点で、「司法殺人」だという声があがってきます。とくに、奥西さんの場合には、一旦は、第1審で無罪が言い渡されました。無罪の判断に対して検察官が控訴することについては、二重の危険に当たるのではないかと考えられます。この見解からするならば、検察官控訴は禁止すべきです。少なくとも、よほどでなければ無罪を覆すことができないと考えるべきでしょう。
 にもかかわらず、名張事件の場合には、控訴審は無罪から一転して死刑を言い渡しました。このような形で死刑を言い渡された人が死刑判決の不当を争うとしても、最高裁判所しかありません。地裁、高裁、最高裁の三つの段階で判断されるという三審制をとるのは、有罪判断をより慎重にするためです。しかし、無罪から控訴審での死刑判決は、二度の審査しか受けないという意味で、三審制の利益を奪ってしまいます。
 さらに、第7次再審請求審が再審開始決定をしたにもかかわらず、抗告審は検察官の抗告を入れて決定を覆し、再審請求を棄却し、最高裁判所もこの判断を支持しました。有罪判断への慎重な対応がそこでも見られません。

「白鳥決定」の意義を新たに確認するために

 「開かずの門」といわれた再審の門戸を大きく広げた白鳥決定が出されたのは、1975年5月20日です。今年はそれから40年が経過しました。前述したように、11月7日には、「白鳥決定」40周年を記念して、シンポジウムが開催されます。
 袴田事件について、再審開始決定が出たとはいえ、検察官の異議申し立てのため、いまだに抗告審の決定が出ていません。名張事件についてみてきたように、「白鳥決定」から遠ざかる傾向が、裁判所に見られるのではないか、そうした心配があります。冤罪の被害をこれ以上出さないために、「白鳥決定」の意義をもう一度確認する必要がありそうです。これがシンポジウムを開く動機です。


■「白鳥決定」40周年シンポジウム

11月7日(土)(開場13:00)13:30〜16:45

第1部 「白鳥事件と白鳥決定」
DVD「再審への道〜白鳥事件に学ぶ〜」

第2部 「白鳥決定を生かすために」
冤罪事件当事者の発言
パネラー:桜井昌司(布川事件当事者)、木谷明(弁護士・元裁判官)、古橋将(名張毒ぶどう酒事件弁護団)、戸館圭之(袴田事件弁護団)、豊崎七絵(九州大学准教授)

【会場】
青山学院大学 4号館2階 420号教室
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25
http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/access.html
http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/aoyama.html
JR山手線、JR埼京線、東急線、京王井の頭線、東京メトロ副都心線 他「渋谷駅」より徒歩10分
東京メトロ(銀座線・千代田線・半蔵門線)「表参道駅」より徒歩5分

Facebook「白鳥決定」40周年シンポジウム
https://www.facebook.com/shiratorikettei40
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。