【村井敏邦の刑事事件・裁判考(50)】
尼崎の連続変死事件(その1)
 
2015年9月14日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
疑似家族

 血縁関係のない人たちが共同生活を開始し、まるで家族のような結びつきを持つということがあります。宗教的な背景を持つ場合もありますが、そうした宗教的なバックボーンがない場合もあります。「疑似家族」の形成です。
 「疑似家族」が平穏な共同生活を営む基盤である場合には、特別問題はありません。しかし、時によっては、その集団が犯罪とかかわる場合があります。集団内部で犯罪が行われる場合と集団を基礎として、他との関係で犯罪が行われる場合があります。後者は集団犯罪として論じられることが多いのですが、集団の圧力によって個人が犯罪を行う場合には、行為を行った個人の責任を問うことができるかが問題になる場合もあります。テロ集団をバックにした犯罪の場合には、その点が問題になる場合があります。
 「疑似家族」として問題になるのは、むしろ、その疑似家族内で犯罪が行われる場合です。尼崎で起きた連続変死事件はその一例です。

尼崎連続変死事件

 X女は、尼崎市内で多くの人を集めて疑似家族を形成して、少なくとも1987年以前から共同生活をしていました。その間、この疑似家族のメンバーあるいはその周辺の人が多数死亡し、または行方不明になっています。2011年11月、X女らに監禁されていたA女が監禁状態から脱出し、警察に助けを求めたことをきっかけとして、多数の人が不審死し、行方不明になっていることが判明しました。
 X女はA女に対する傷害事件で逮捕され、一連の事件の主犯と目されましたが、2012年12月12日に兵庫県警本部の留置所で自殺しました。
 一連の事件では、X女を含めて、11名が殺人、傷害致死等の罪で起訴されています(X女については死亡により公訴棄却)。
関係者の供述では、X女から暴行などの虐待を受け、あるいは家族間での暴行を強要されたり、X女からの干渉などによって家族崩壊を経験し、財産を失うなどをしています。
 8月27日、神戸地裁で開かれたX女の義理のいとこRの公判では、沖縄の崖から転落死したBについて、BがRの虐待行為によって死ぬ以外にないという精神状態に陥らされて転落死したのか、それとも、B自身が家族のために自殺したのかが争われています。

被殴打女性症候群

 人が大変に恐ろしい、またはショッキングなでき事や、強い精神的ストレスを経験した後に陥る心理状態を、「心的外傷後ストレス障害(PTSD=post traumatic stress disoders)」といいます。暴力的虐待を受けている妻・女性や子どもも同様な心理状態になります。これを「被殴打女性症候群(Battered Wife, or Woman Syndrome)」あるいは「被殴打児童症候群(Battered Children Syndrome)」といいます。古くは、第2次世界大戦に従軍した兵士たちの間やベトナム戦争に従軍したアメリカ軍の兵士たちの間に見受けられた精神状態です。
 暴力あるいは激しい虐待的言動によって精神的・肉体的支配をされている人の場合には、直接的な暴力や虐待が終了した後も、恐怖が継続して、暴力や虐待をした人に対する抵抗ができず、正常な状態ならば従わないであろうと思われるような行為をするということがあります。
 尼崎事件の弁護側は、被告人が自殺した主犯女性の支配下で上記のような心理状態に陥り、「疑似家族」間での傷害や殺人を行ったと主張しています。

北九州・連続監禁殺人事件

 尼崎事件とよく似た事件が北九州にもあります。
 被告人が、いずれも内縁の夫であるAと共謀の上、知人男性を自宅で長期間にわたり虐待を加え続けて殺害し、その約2年半後、被告人の一家6人を自宅に同居させ、虐待を駆使するなどして支配し、被告人の父母、妹、妹の夫、妹夫婦の長男及び長女を互いに実行行為に加担させながら殺害するなどした殺人、傷害致死、監禁致傷等の事案です。
 この事件の第一審では、被告人は内縁の夫Aとともに、死刑を言い渡されました。控訴審では、弁護人は、被告人が主犯Aによってほかの人との交流を制限された生活を強いられ、長期間にわたる暴行、虐待を繰り返し加えられ、正常な判断ができない状態で行った行為であるとして無罪を主張しました。
 弁護人が申請した鑑定証人は、被告人が、Aによる暴力,特に電気ショックを使っての濃厚で侵襲性の強い虐待に長期間暴露された経験と異様に洗脳的な手法により,長期反復性トラウマに起因する人格変化と解離症状を示す精神状態(複雑性PTSD)にあったと分析しています。
 控訴審は、無罪の主張は排斥しましたが、一連の犯行を首謀し、主導したのはAであって、被告人はAに追従して犯行を行ったものとして、死刑を破棄して無期懲役に減軽し、上告審も、これを肯定しました。
 この事件については、豊田正義『消された一家―北九州・連続監禁殺人事件』が詳しい分析をしています。著者は、記者として長年DVの事件を取材し、「被殴打女性症候群」についても研究していたようです。この視点から、著者は、連続監禁札事件の公判を一回から判決まで傍聴し、上記の著書を発表するまでに至っています。尼崎事件の弁護は、この事件および上記著書を参考にして行われているようです。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。