【村井敏邦の刑事事件・裁判考(34)】
再審請求に対する三つの決定
 
2014年4月14日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
再審請求に対する3事件の決定

 3月末に、再審請求が行われていた仙台北陵クリニック・筋弛緩剤事件、袴田事件、飯塚事件の三つの事件についての決定が相次いで出ました。まず、3月25日、仙台筋弛緩事件の再審請求に対して、仙台地裁の決定が出ました。次いで、27日、袴田事件について、静岡地裁の決定が出ました。最後に、31日、飯塚事件について、福岡地裁の決定が出ました。
 三つの決定のうち、仙台筋弛緩と飯塚は請求棄却でしたが、袴田事件では開始決定が出ました。飯塚事件と袴田事件は、DNA鑑定が争点の一つであるという点で共通性がありましたが、結論を異にしました。仙台筋弛緩事件は、DNA鑑定ではありませんが、やはり科学鑑定の信頼性が問題になったという点で、3事件に共通点があります。
 今回は、これら三つの決定を比較しながら、科学鑑定の意義と問題について考えてみたいと思います。

仙台北陵クリニック・筋弛緩剤事件について

 仙台市内の北陵クリニックで、1999年夏ごろから、患者の病状の不審な急変や死亡するということが続出しました。このうち、5件につき、当時同クリニックで准看護師をしていたMD氏を筋弛緩剤マスキュラックスを患者の点滴に混入して殺そうとしたということで、殺人未遂容疑で逮捕・起訴しました。
 MD氏は、当初事実を認めましたが、取調べの4日目から否認して、公判でも否認を貫きました。仙台地裁は、MD氏の有罪を認め、無期懲役を言い渡しました。これに対して、弁護団は即日控訴しましたが、2008年、仙台高裁、最高裁ともに有罪を維持し、MD氏の無期懲役が確定しました。
 2012年2月に申し立てられた再審請求に対する仙台地裁の決定は、すでにふれたように、請求棄却というものでした。再審請求審での争点は、急激な病変などは点滴に筋弛緩剤が混入されたためか、病気に由来する症状かということで、検察側は、警察が行った鑑定結果をもって筋弛緩剤が混入されていた証拠としています。弁護側は、この警察鑑定の信頼性を争い、再審請求においても、診断書を検証して、通常の病変に過ぎないという鑑定意見と警察が行ったと同様の成分実験を行ったところ、筋弛緩剤は検出されなかったという鑑定実験の結果を新証拠として提出しました。
 再審請求審の決定は、これらの新証拠に新規性がないか、信頼性がないので確定判決に合理的な疑いを入れるほどの証明力がないとしました。
 この事件の場合には、警察の鑑定段階で、凶器とされた試料をすべて使いつくしてしまったために、再検査をして検察側鑑定の信頼性を検証することができないことが、当初からの大きな問題でした。弁護団はこのように不当な判断が上級審で維持されるはずがないとして、直ちに即時抗告をしました。

飯塚事件の請求棄却決定について

 飯塚事件については、すでにこの「市民の司法」で取り上げて、死刑執行後の再審開始の可能性について言及してきました(@A)。しかし、3月31日の決定は、検察官の主張をほぼそのまま認めたようなものとなりました。
 福岡地裁は、争点となったDNA型鑑定については、「当時の判断としては疑問の余地はない」としながら、現代の技術で解釈すると、犯人と元死刑囚のDNA型が異なる可能性があり、「直ちに有罪認定の根拠とすることはできない」と指摘しました。しかし、その上で、新旧証拠を総合評価し、仮にDNA型鑑定を証拠から除いたとしても、有罪判決に合理的疑いが生じないと判断しました。
しかし、弁護団の声明も指摘するように、犯人と元死刑囚とのDNA型が異なる可能性があることを認めながら、有罪判断を維持するというのは矛盾です。
DNA鑑定がどのように信頼できるものであったとしても、その型が一致したというだけで有罪を基礎づけるものではありません。ましてMCT118型鑑定の信頼性は足利事件によって失われているのですから、これを基礎に有罪を維持するということは当然できないはずです。しかし、福岡地裁は完全に有罪証拠から排除することをしていません。
では、このように信頼性の薄いDNA鑑定で型判定が一致しなかった場合にはどうでしょうか。この点は、有罪判断の場合とは異なり、DNA型は他人では双子以外は同じ型がでないとされているので、一致しないという結果は犯人性を否定する決定的な証拠です。その意味で、一致しない可能性があるということは、有罪判断に合理的な疑いを生じさせるに十分なことです。
また、元死刑囚とは異なるDNA型が見つかったという弁護側の主張については、余分なものが検出されただけのことという検察官の主張に沿って、弁護側の主張は「抽象的な推論に過ぎない。証拠の新規性は認められるが明白性はない」としました。この点も、このような簡単な判断で済まされることではないでしょう。
本来は、再鑑定が必要です。しかし、この事件の場合にも、筋弛緩剤事件と同様、再鑑定をするだけの試料が残されていません。犯人性に疑いがあるのに、再鑑定することができないという事態を請求人に不利に判断することは、それ自体、「被告人に利益に」原則違反の疑いがあります。弁護団はこの事件についても即時抗告をしたので、これからこうした点が徹底的に議論されることでしょう。

袴田事件の再審開始決定について

 年度末の再審請求審の判断で唯一開始決定となったのが、袴田事件です。
 3月27日の再審開始決定で、静岡地裁は、証拠がねつ造された可能性にまで言及しました。犯人が犯行の際に着ていたとされる着衣が、事件から1年半経った時点でみそ樽から発見され、これが袴田さんのものだとされていたのですが、再審請求審で、この着衣が提出されたところ、袴田さんには小さすぎて到底着ることができない上に、請求審で行われたDNA鑑定の結果、そこに付着していた血痕のDNA型が袴田さんと一致しないことが判明しました。そのほか、証拠開示が行われた結果、袴田さんの犯人性に大きな疑問が生じ、注目される決定となったのです。
 さらに、静岡地裁は、開始決定に併せて、死刑の執行停止のみならず、拘置の執行停止決定も行ったので、袴田さんは、48年ぶりに釈放されました。すでに、名張事件の再審を扱った項で、死刑の執行停止に併せて、拘置の執行停止もすべきであると指摘しましたが、静岡地裁の決定はこの点についても画期的な判断を下しました。
 長期間の死刑受刑者としての拘置生活で、袴田さんは肉体的にも精神的にも大変な苦痛を味わってきました。これを取り返すことは、もとよりできませんが、この上は、一日も早く公判を開始すべきでしょう。検察官に対して、即時抗告をしないようにという要望が寄せられたにもかかわらず、検察官は即時抗告をしました。これによって、開始決定が確定し、公判が開始されるまで、また時間がかかることになりました。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。