【村井敏邦の刑事事件・裁判考(22)】
発達障害事件控訴審判決について
 
2013年3月11日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
 2月26日、大阪高裁は、発達障害の人の犯した事件の控訴審において、求刑を大幅に超える刑を言い渡した裁判員裁判の結果を量刑不当として破棄して、改めて懲役14年の刑を言い渡しました。
 この事件の第一審判決については、すでにこの欄で取り上げ批判しました。その批判の要点は、第1審判決が、被告人の犯行を発達障害の影響のもとで行われたものであることを認めながら、その点を刑を減少させる要素として評価しなかったばかりか、むしろ社会に発達障害に対する受け皿がないなどを理由として、重く評価した点に向けておりました。
 今回の控訴審判決において、大阪高裁は、「一審判決が犯行の経緯・動機について、アスペルガー障害の影響があったことは認められるが重視すべきではないとした点は認められない」として、「被告が被害者の善意の行動を逆に嫌がらせであるなどと受け止め、これが集積して殺したいと思うほど恨むようになり、犯行に至ったという経緯や動機形成の過程には、意思疎通が困難で、相手の状況、感情やその場の雰囲気などを推し量ることができず、すべて字義どおりにとらえ、一度相手に敵意を持つと、これを修正することが困難で、これにこだわってしまうアスペルガー症候群特有の障害が大きく影響していることが認められる」としました。
 判決は、被告人がアスペルガー障害について適切な支援を受けられないまま、強迫障害や恐怖症性不安障害などの二次的精神症状に苦しみながら、約30年も引きこもりの生活を送ってきたことを認め、犯行当時、唯一の支援者であった母親にも死なれ、経済的にも逼迫して、自殺を考えるまで追い詰められた状況にあったとし、「このように犯行の経緯や動機の形成過程には、被告のみを責めることができないアスペルガー症候群特有の障害が介在しており、量刑判断にあたっての責任評価の上で考慮されなければならない」としました。
 そして、障害の影響は犯行実態を理解する上で不可欠な要素で、犯罪行為に対する責任非難の程度に影響するものとして、犯情を評価する上で相当程度考慮されるべきであるとして、「一審判決は犯行実態を適切に把握せず、重要な量刑事情の評価を誤ったものといわざるを得ない」としました。
 また、第1審判決が被告人の反省が不十分であるとした点についても、反省する態度を示すことができないことにも障害が影響しているとし、「そのような中で、十分とはいえないとしてもそれなりの反省を深めつつあるという評価も可能」であり、「少なくとも再犯可能性を推認させるほどに反省が乏しい状況とはいえない」としました。
 「社会一般にも受け皿がないという趣旨の説示についても認められない」とし、「控訴審での事実取り調べの結果によれば、被告のように親族らが受け入れを拒否している場合でも、各都道府県に設置された地域生活定着支援センターなどの公的機関等による一定の対応がなされており、およそ社会内でアスペルガー障害に対応できる受け皿がないなどとはいえない」とし、結論として、「一審判決が被告の再犯可能性が強く心配されるとした点は、前提となる事実を誤認した結果、評価を誤っているといわざるを得ない」と判断しました。

妥当な判断

 以上の大阪高裁の判断は、先にこの欄でも指摘した第1審判決の問題点に対して的確に対処し、適切なものとなっています。とくに、アスペルガー症候群の影響下によるよる犯行であることを刑を減少させる要素として認めたことと、このような人たちの社会での受け皿がないとした第1審判決に対して、控訴審において改めて事実調査をして、地域定着支援センターなどの公的機関による対応がなされていることを認めたことが評価されます。
 量刑判断については、20年の懲役を14年に減らしています。ただし、弁護人は、この量刑でも必ずしも満足していないようです。量刑については、検察官だけでなく弁護人からの不服申し立てがあるかもしれません。

裁判員裁判の問題が明らかになったのか

 第1審の裁判員裁判と控訴審における裁判官裁判とがこのように違ったことをもって、裁判員裁判の欠陥が明らかになったという論評が見られます。
 判決によると、控訴審で行った事実調査の結果、アスペルガー障害に対応する受け皿の情報が得られたとのことです。しかし、地域生活定着支援センターは国の行うプロジェクトで、制度ができてすでに数年が経っています。第1審の弁護人は、こうしたことについての情報を提出しなかったのでしょうか。第1審の判決には、こうした支援機関についての言及がないので、あるいは弁護人からの情報提供がなかったのかもしれません。もしそうだとすれば、第1審の弁護活動には、落ち度があったということになるでしょう。
 今回の控訴審判決と第1審判決を比較して、裁判員裁判の問題が明らかになったというコメントがあります。たしかに、第1審裁判員裁判の判決を読みますと、裁判員を含む裁判所の発達障害に関する情報と認識不足があることがわかります。しかし、それは裁判員の責任だけでしょうか。むしろ、このような専門的な問題については、裁判官のほうで、情報提供のための努力をすべきでしょう。あるいは、裁判員に発達障害への認識不足があるとすれば、それを補うべく、当事者に立証活動を促すなどのことをする必要があったでしょう。そのような措置ができるのは、裁判官です。おそらくは、裁判官の認識不足が裁判員にも反映していると考えるべきでしょう。すべてを裁判員の責任にするのは間違いです。
 ただし、責任能力などの専門的領域については、裁判員裁判に適当かという問題はあります。あるいは、このような事件については、専門家を補助者としておくということも考えられます。また、すでに指摘したように、事実認定過程と情状立証の過程を分離し、事実認定で有罪と判断された段階で、情状調査過程を設け、そこで当事者双方からの情状証拠を提出させるとともに、裁判所としても補充的な調査を行うということがあってもいいでしょう。
 今回の事件についての第1審と控訴審の判決の違いを直ちに裁判員裁判の問題とするのではなく、審理方式についての一工夫をすることをこそ考えるべきでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。