施行3年を経過した裁判員裁判の検証をめぐる動き  
2012年12月24日
大出良知さん(東京経済大学現代法学部教授)

 今年5月、2009年5月に裁判員裁判がスタートして3年が経過することになりました。最高裁判所が公表している直近の今年の9月末までの数字を少し紹介しておきましょう(http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_jyoukyou/h24_10_sokuhou.pdf)。
 裁判員裁判による終局人員は、4480人にのぼっています。そのうち、4349人は有罪でしたが、31人は、無罪あるいは一部無罪の判決を受けています。最も多い罪名は、強盗致傷で、有罪が1002人、1人が無罪、一部無罪が2人です。次に多いのが殺人で、有罪が986人、無罪が4人、一部無罪が2人です。その次が、現住建造物等放火で、401人が有罪、一部無罪が3人ですから、最初の二つの罪名がいかに多くを占めているかが分かります。
 選定された裁判員候補者の総数は、37万9196人です。そのうち、選任当日も含め辞退を認められたのは、裁判員について21万7521人、約57.4%です。かなり緩やかに辞退が認められていると考えられます。そして、最終的に裁判員として選任されたのは、2万5341人、補充裁判員が、8767人です。
 公判前整理手続期間は、全体の平均で6.1月、自白事件の平均が4.8月、否認事件の平均が8.0月です。全体の約84%は、9月以内で行われています。最長は、否認事件について3年以内という事件が1件ありました。 
 第1回公判から終局までの実質的な審理期間ということでは、自白事件では、平均4.4日、5日までに、約82%が、終局を迎えています。否認事件は、平均8.3日、10日以内に、約80%が終局を迎えています。
 10月末までに選任手続から判決までに要した日数が最も長かった事件は、さいたま地裁で、1月の選任手続から、4月の判決まで100日を数えた事件があります。その後、鳥取地裁で今年の9月末から12月まで75日に及んだ事件が、次に長い事件でした。
 以上のような数字からは、運用がおおむね順調に推移しているということになるでしょうが、裁判員制度を導入した「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」自身が、その附則で「施行後三年を経過した場合において、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、・・・所要の措置を講ずるものとする」と規定していることから、制度を見直す必要があるのかどうかの議論も本格化することになっています。
 いち早く検討に入ったのは、日本弁護士連合会で、3年が経過した時点で見直しをすべきであるということで、今年の3月15日には、「改革提案」を公表しています。その内容には、そもそもスタート時点で不十分であったという内容も多く含まれていますし、裁判員制度固有の問題というわけではなく、刑事手続全般に関わる問題も含まれています。その詳細は、http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2012/opinion_120315_5.pdfを参照いただきたいと思いますが、主な内容を紹介しますと、@裁判員裁判の対象事件を、罪種という観点からだけではなく、「公訴事実等に争いがある事件」をも含めること、A証拠開示を拡張し、事前全面開示に近づけること、B「公訴事実等に争いがある事件」においては、事実認定手続と量刑手続を分離すること、C死刑の量刑判断について全員一致制を導入すること、などです。  
それぞれ理由のある提案といえるものですが、3年経過後に本格化している法務省の「裁判員制度に関する検討会」の議論では、「論点整理(案)」によった議論が継続されています。これも詳細は、http://www.moj.go.jp/shingi1/keiji_kentoukai_saibaninseido_top.htmlを参照いただきたいと思います。そこで検討対象となっている主な論点は、@対象事件の範囲等では、現に対象となっている性犯罪事件や今後予想される「審理が極めて長期間に及ぶ事案について」の扱いや新たに対象に加えるべき事件があるのか、A公判・公判前整理手続については、「迅速かつ充実した分かりやすい審理」についての運用上の問題、B評議・評決については、「評議の充実のための運用上の工夫」、死刑言い渡しの際の評決要件、Cその他として、証拠開示、手続二分、なども検討される予定にはなっています。
 最高裁判所も「裁判員制度運用等に関する有識者懇談会」(http://www.courts.go.jp/saikosai/iinkai/saibanin_kondan/index.html)を設置していますが、そこでの議論を受けて、12月に入って事務総局が「裁判員裁判実施状況の検証報告書」(http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/kensyo_houkokusyo/hyousi_honbun.pdf)をまとめ公表しています。
その中では、@裁判員候補の辞退率が、当初の48.4%から57.7%に上昇していること、A選任手続期日への出席率が、80.6%から75.5%に下降していること、B公判審理について、裁判員経験者の「理解しやすかった」との回答が当初70.9%だったものが、58.4%に下降していること、C評議では「十分に議論ができた」という回答が各年70%を超えていること、D長期間を要する事件に関する裁判員の選任にも支障を生じていないこと、E死刑求刑が予想される事件についての選任期日への出席率や辞退率は、特に他と比較して悪くないこと、F保釈率が、裁判官裁判時代には、総数で4.5%、自白事件で4.8%、否認事件で4.0%であったものが、総数で8.5%、自白で10.2%、否認で5.9%に上昇している、といったことが主に指摘されています。
 そして、最後には、裁判員に選ばれる前には、やりたくなかった、余りやりたくなかったという意見が、52.5%に達しているにもかかわらず、裁判終了後は、非常に良い経験と感じた、よい経験と感じたが95.4%を占めていることもあらためて紹介されています。
それぞれの検討状況からは、確かに、制度上の改善が必要と考えられる点も見受けられますが、裁判員経験者のアンケート回答などからも、主としては、運用上の改善努力が重要とも考えられます。特に、「理解しやすかった」との回答の下降にどう対応するかは、喫緊の課題であろうと考えられます。そのうえで、裁判員経験者の率直な意見などによってさらに広い国民の理解が得られるような広報活動等に力を注ぐことが、今求められている重要な課題のように思われます。制度改革までには、なお運用の実情を注視すべきでしょう。
 
【大出良知さんのプロフィール】
九州大学法科大学院長などを経て、現在東京経済大学現代法学部長。専攻は刑事訴訟法、司法制度論。
『裁判を変えよう−市民がつくる司法改革』『長沼事件 平賀書簡−35年目の証言、自衛隊違憲判決と司法の危機』など著書多数。