生活保護基準の切り下げを問う ― 生存権裁判をたたかう(2)  
2011年5月30日
渕上隆さん(弁護士・東京生存権裁判弁護団)
前号からの続き>

―――裁判の現状をお聞かせください。
(渕上さん)
  裁判では各地の地裁と東京高裁で原告敗訴が続きましたが、2010年6月、福岡高裁で原告が逆転勝訴しました。いま最高裁に係属しています。

―――2010年6月の福岡高裁判決はどのような内容だったのでしょうか。
(渕上さん)
  福岡高裁は、生活保護の制度設計の裁量権は厚生労働大臣にあることを前提としているのですが、保護基準の不利益変更はそのための「正当な理由」がなければ違法であるとしました。そして、厚生労働省の専門委員会が老齢加算廃止を決める際に「高齢者世帯の最低基準が維持されるよう引き続き検討する必要がある」と提言していたにもかかわらず必要な検討が行われていない、として原告勝訴の判決を言い渡しました。

―――国民が権利侵害に異議を唱えても、裁判所はかならずしもその声に耳を貸さないと言われてきました。そのような中で、なぜそのような福岡高裁の判決が出されたとお考えですか。
(渕上さん)
  政権交代の影響もあるように感じます。老齢加算の廃止は以前の政権が決めたことでしたので、国側にも裁判所にもいろいろと影響したのではないでしょうか。
  実は福岡地裁でも、判決は原告敗訴だったのですが、裁判官が実際に足を運んで生活保護受給者の生活実態を検分しました。また、広島高裁も高齢者に不利益にならないような検討の経過の説明を国側に求めました。

―――この裁判では弁護士の皆さんも献身的に努力しているのではないでしょうか。
(渕上さん)
  多くの弁護士が協力してくれています。
  なお、こんにち弁護士がだいぶ増えた状況の中で、一方でこのような裁判にたずさわる弁護士の確保が難しくなるのではないかと懸念されます。これまで、一般的な事件で収益をあげながら公益的な事件にもたずさわる、というようなパターンもあったのですが、そのような状況でなくなってきているように感じます。

―――生存権裁判にかかわって最後に訴えたいことをお聞かせください。
(渕上さん)
  生活保護に関わる要求に対しては、よく自己責任論が唱えられます。若い時に働かず、貯金をしてこなかった本人が悪い、と言われがちです。しかし、人は様々な事情の中で生活保護を受けざるを得なくなっているのです。決して本人だけの責任ではありません。
  東日本大震災が発生し多くの被災者が出ている状況の中で、今後生活保護を受ける人が増えることになるでしょう。自己責任論は震災の被害者にはまったく当てはまらないということは多くの人々に理解していただけると思います。いまこそ市民の中にある自己責任論の誤解を解いていきたいと考えています。
  生活保護を受けざるを得なくなった時、その生活保護基準はそれでよいのか、老齢加算を廃止するということがよいのか、いままさに生存権が問われているのだと考えます。

―――生存権裁判の原告と弁護団の皆さんの思い、裁判をめぐる状況などがよくわかりました。ありがとうございました。

 
【渕上隆(ふちがみ たかし)さんのプロフィール】

弁護士。東京生存権裁判、薬害ヤコブ病訴訟、中国「残留孤児」国賠訴訟、薬害イレッサ訴訟、などにたずさわっている。