刑事司法の改革と取調べの可視化  
2010年7月19日
田鎖麻衣子さん(監獄人権センター事務局長・弁護士)

 昨年政権の座についた民主党は刑事事件の被疑者に対する警察の取調べの可視化(録音・録画)をマニフェストに掲げていましたが、2010年の参議院選挙の際には掲げませんでした。そこで民主党中心の政権での議論が後退することが懸念され、監獄人権センターはアムネスティ・インターナショナルとともに政府への働きかけを検討していました。そのような中で、2010年6月に法務省がこの問題についての検討方針を明らかにしました。それは案の定、当初の検討を後退させるものでした。そこで私たちは7月1日に多くの市民団体とともに共同声明を法務大臣に提出しました。取調べの可視化についてはこれまで冤罪被害者や弁護士会などが強く主張してきましたが、今回の私たちの取り組みで幅広い団体の共同が広がりました。
足利事件や布川事件などの再審の報道などで日本の刑事司法の問題点が広がってきていますが、多くの国民はそれぞれの事件の捜査に問題があったという理解にとどまってしまいます。多くの国民は、刑事事件で逮捕されるような人は自分たちとは違った世界の人と思い込んでいます。私たち市民も、いつ加害者になってしまうかわかりませんし、いつ加害者として疑われてしまうかわからないのですが、このことをリアリティを持って感じている人はあまりいません。ここのところを突破していかないと、刑事司法の改革は進みません。
ただ、いま、罪を犯した人に刑罰を課すことに意味についての国民の関心が高まっています。2009年暮れにNHKで放送された『未来への提言・犯罪学者ニルス・クリスティ 〜囚人にやさしい国からの報告〜』は、囚人に対する厳罰化は犯罪抑止につながらないというノルウェー・オスロ大学教授の提言を紹介するもので、反響を呼びました。厳罰化ではなく、いわば“寛容な刑事司法”や囚人を更生するプロセスを国民が注視するようになってきているのです。監獄人権センターへのマスコミの取材も増え、いま読売新聞は「罪と罰 −更生への道」を連載しています。名古屋刑務所職員の暴行事件が注目されたことや裁判員制度が導入されたこともその背景にはあるでしょう。刑事司法の真の改革への好機を迎えているとも言えます。
刑事事件の被疑者に対する警察の取調べの可視化は必要であり、私たちは今後とも強く主張していきますが、刑事司法改革はトータルに進められなければなりません。被疑者が23日間も拘束される場合があること、日々の取調べが長時間にわたっていること、取調べの場での弁護士の立会いが認められていないこと、警察の留置場が代用監獄となっていること、等々が改革されなければなりません。
2008年4月に日弁連は「国連拷問禁止委員会の最終見解に対応するための、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律と刑事訴訟法の一部改正を求める意見書」をとりまとめましたが、これは被疑者・被告人の権利を保障していく基本的な内容を示す重要な文書になります。あらためてその内容での改革を求めていく必要があると考えています。

*以上は当サイト編集部の取材(2010年7月9日)の際の田鎖麻衣子弁護士のお話しの要点を編集部の責任でとりまとめたものです。