「法教育」の更なる広がりのために  
2010年5月10日
冬木健太郎さん(弁護士)

 「法教育」という言葉をご存じでしょうか。一般には馴染みのない言葉だと思いますが、「法教育」とは、「一般の人々に対して法や司法制度、またこれらの基礎となる価値を理解し、法的なものの考え方を身につける教育を行うこと」と説明されており、我が国で最初にこの言葉が登場したのは1990年代と言われています。
さて、この「法教育」は、現在、着実な広がりを見せてきています。殊に学校現場においての広がりは顕著であり、新学習指導要領にも法教育についての記載がなされるようになりました。横浜弁護士会法教育センターにも、神奈川県下の多くの中学校・高校から、裁判傍聴や模擬裁判、出前授業などの申し込みがなされるようになりました。毎年春と夏に開催される、横浜弁護士会主催のスプリングスクール、サマースクールにも、司法に興味を持つ多くの中学生、高校生が参加するようになりました。さらに、神奈川県では、平成23年度より、神奈川県下のすべての県立高校において、「積極的に社会参加するための能力と態度を育成する教育」(シチズンシップ教育)として模擬投票などの授業を本格実施することになりました。
このように「法教育」が学校現場で広がりを見せている理由の一つとしては、現場の教師と弁護士との間のたゆまぬ努力があげられます。教諭と弁護士は、これまで、「法教育」についての議論を重ね、その共同作業により、多くの「法教育」に関する教材を作り上げてきました。本来、畑違いの教師と弁護士とが、同じテーブルで議論を行うということは、かなりの困難を伴う作業です。弁護士は、法についての理解はあっても教育が分からない、教師は、教育についての理解はあっても法が分からない。こういう状況での議論が、どれだけ困難かは、容易に想像できるでしょう。しかし、教師と弁護士は、困難をはね除けました。この困難な作業が実現できたのは、教師も弁護士も、子ども達に民主主義の担い手になってもらいたいという共通の目的を持っていたからこそのことだと思います。お互いがお互いの足りないところを補いながら、かつ常に頭の中には子ども達のことを考えながら、議論を進めてきたことにより、「法教育」の教材は作成され、そして「法教育」は広く学校現場に浸透していったのです。
しかし、一般にはまだまだ馴染みの低い「法教育」。弁護士の世界でも、決してこの概念が広く知れ渡っているわけではありません。また、教師の中にも、法は「とっつきにくい」といって、「法教育」に消極的な人も多くいると聞きます。
せっかく広がりを見せてきた「法教育」も、もし一部の教師と弁護士だけで盛り上がっていたとしたら、やがて下火になってしまいます。「法教育」の更なる発展のためには、もっと裾野を広げなければならないでしょう。
たとえば、弁護士についていえば、まずは難しいことは抜きにして、多くの人に「法教育」に関わってもらうことだと思います。子ども達と接してもらい、その楽しさを分かってもらうことです。実は、弁護士が法教育に関わるきっかけとしては、「法教育って実はよく分からない」と思いつつも、子ども達と接することそれ自体が楽しくて、いつのまにか法教育に関わるようになったということは、よくあることです。
教師とて同じだと思います。まずは「法教育」の一端を覗いてもらいたいと思います。そもそも「法」が「とっつきにくい」というのは、明らかな誤解です。弁護士という立場でこういうことを言うのも不遜ではありますが、たとえば学校現場でも、いたるところに「法教育」の題材は転がっています。私たちが子どもの頃を思い出しても、学級会で揉めたことや、友達同士での物の貸し借りで揉めたことは多くありました。これらのことは、みんな「法教育」の題材となります。そう考えれば、「法教育」が「とっつきにくい」ものであるということは決してないはずです。
そして、これまで「法教育」に携わってこなかった弁護士や教師が「法教育」に気軽に関われるようになるためには、マニュアルを含んだ教材を充実させることが必要です。また、弁護士会としても、法教育にまつわるさまざまなイベントを用意して、子ども達はもちろんのこと、学校現場の教師にも興味を持ってもらうような取り組みが必要でしょう。
「法教育」は、広がりを見せてきたとはいえ、まだまだ発展途上段階です。常にアドバルーンを上げ続けられるよう、よりいっそうの、教師と弁護士のたゆまぬ努力が必要です。

 
【冬木健太郎さんのプロフィール】
冬木健太郎法律事務所所属。
平成16年10月弁護士登録(横浜弁護士会)。
現在、横浜弁護士会法教育委員会委員、横浜弁護士会非弁護士活動取締・民事介入暴力対策委員会委員。