書籍『袴田事件を裁いた男』(その1) 筆者:H・O
2014年9月1日
 
文庫『袴田事件を裁いた男』
著者:尾形誠規 
本体価格:700円+税
 
 1966年、静岡県で一家4人が殺害される事件が発生し、袴田巌さんが容疑者として逮捕され、裁判で死刑が確定しました。今年3月、袴田さんの再審請求が認められるとともに、48年ぶりに釈放されました。
 この袴田事件の第一審で熊本典道判事は無罪を確信しながらも、合議でその主張は少数となり、心ならずも主任として死刑判決を書くことになりました。熊本さんはその後裁判官を辞め、酒に溺れ、家族と別れ、ホームレス同然となっていくのですが、2007年、第一審の合議で無罪を主張した事実を公表しました。熊本さんは袴田さんに死刑判決を言い渡したことをずっと悔やんでいたことを明らかにし、袴田さんの無罪を訴えたのでした。本書は、この熊本元判事の仕事・考え、その人生を辿るルポルタージュです。
 本書の特徴の一つは、裁判官も人の子であり、普通の人間と同じように悩みや弱さを抱えていることがリアルに示されていることでしょう。多くの人は、裁判官は頭脳明晰で公平・公正だと思っています。一方で、裁判官は世間知らずで血も涙もないと批判されることがあります。しかし、いずれも裁判官についての認識としては一面的ではないでしょうか。裁判・司法を市民本位のものにしていく、その可能性と展望を考えるとき、裁判官についてのリアルな認識は欠かせないと思います。熊本元判事が裁判官としての良心に従って袴田事件の合議に臨んだこと、2007年にその評議内容を明らかにして袴田さんの無罪を訴えたこと、に多くの読者が驚かされることになります。同時に、熊本元判事が死刑判決を書いた後、ずっとそのことを悔い苦悶していた人生にも読者は引き込まれます。裁判官も人間であり、なかなか人には理解できないような行動をすることもある、ということを思い知らされます。裁判官にもいろいろな感情があるということをふまえ、市民本位の司法にしていくためには裁判官への人々の関心や励まし、批判が大事であることを確認していきたいものです。

<つづく>
 
【書籍情報】
2014年6月、朝日新聞出版から「朝日文庫」として刊行。著者は尾形誠規 さん(編集者)。定価は756円(税込み)。
 
*袴田事件に関わって、当サイトでは以前次のような情報を発信してきています。
「大詰めを迎えた冤罪「袴田事件」第二次再審請求審」石井信二郎さん(「袴田巖さんの再審を求める会」共同代表)
「元プロボクサーと再審請求のゆくえ」村井敏邦さん(大阪学院大学法科大学院教授)