【村井敏邦の刑事事件・裁判考(87)】
「人質司法」と保釈条件 ゴーン事件第2弾
 
2019年4月29日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 ゴーン事件については、昨年12月27日号に「ゴーン日産前会長の事件」と題して書きました。
 ゴーン元日産会長の事件はまだ続いています。ゴーン氏の身柄拘束問題もまだ続いています。これについては、「人質司法」との批判が国内外から寄せられています。

ゴーン氏の事件
 ゴーン氏は、最初に金融資金取締法違反で逮捕されました。その後、勾留されましたが、勾留延長を裁判所が却下して、これで身柄拘束が終了するかと思ったのですが、東京地検特捜部は、引き続いて特別背任罪で逮捕・勾留しました。これに対して、弁護団がした保釈請求を却下したうえで、東京地裁は、検察官からの勾留延長を8日間と区切って認めました。
 弁護人は、起訴後、再度保釈請求をし、厳しい条件付きでこの請求が認められ、ここで一旦身柄拘束状態は解消されました。
 ところが、検察は、この保釈中に別の特別背任罪で再びゴーン氏を逮捕・勾留しました。この時点で、弁護側は保釈を請求し、裁判所は、前回の保釈条件に加えて、妻との接触を禁止することを条件として、保釈を許可しました。
 妻との接触禁止を保釈条件としたことに対しては、ゴーン氏は「残酷だ」と非難の声をあげています。検察側は、裁判所が罪証隠滅を認めたうえで保釈を認めたことに、「刑事司法の崩壊だ」と批判しています。
 今回は、保釈をめぐっての攻防と、保釈条件について考えていきます。

ゴーン氏の保釈について
 ゴーン氏の身柄拘束が長く行われたことに対しては、「人質司法」との声が国際的にあげられています。
 検察側は、否認のまま保釈を認めたことを批判しています。しかし、そもそも否認をしていると保釈が認められないという、従来の保釈実務がおかしかったのです。
 否認のまま、しかも起訴直後の保釈というのは、あまり例のないことです。検察官は、裁判所が国際的批判に気を使って、いわば盲目的に保釈を認めたと批判しています。しかし、「人質司法」という国際的批判に対応して保釈を認めたというならば、非難すべきことではなく、むしろ、裁判所も国外からの声に耳を傾けるようになったという点で、筆者などは、好ましいこととしてとらえます。さらにそこから、これからの身柄拘束実務への対応の変化が打ち出されるのだと評価ができるものならば、より一層望ましい方向だと、思うのです。おそらく研究者の中には、そうしたとらえ方が多いのではないでしょうか。

 しかし、ゴーン事件における2回の保釈は、人質司法に一石を投じたものとして、盲目的に肯定的評価をしてよいものかについては、少々疑問があります。
 まず、1回目前の保釈請求に対しては、裁判所は請求を却下しました。ところが、再度の保釈請求に対しては、保釈を許可しました。ゴーン氏にかけられている犯罪の嫌疑については、特別の事情変更もないと思われます。にもかかわらず、請求を認めたということはどういうことでしょう。特別の事情変更がないのに保釈を認めたことは、前の保釈請求段階でも保釈を認めてもよかったのではないかという疑念が生じます。そこで、検察官のように、国際的批判の高まりに理屈はともかく、保釈を認めることによって批判の矛先をかわそうという、ある意味、政治的判断が優先した結果ではないかという見方が出てきます。
 以上の見方に対しては、「保釈を認めたのは、保釈条件を厳しくしたからだ。それによって、罪証隠滅や逃亡の可能性が低くなるので、そのこと自体が事情変更になっている」という反論があるかもしれません。しかし、最初の保釈請求においても、同様の条件の提示が弁護団からなされていたという話もあります。その点は、確証がないのですが、もしそうだとすると、同様の条件付きで保釈が認められたのならば、最初の保釈申請の際になぜ保釈しなかったのかという疑問が出てきます。
 いずれにしても、否認している限り、保釈を認めないという従来の保釈実務に根本的な問題があったことは疑いがありません。「理屈抜きで国際的批判に屈した」と、検察側に非難されようとも、従来の悪しき実務を改めた例の一つとして、今回の保釈を評価することもできましょう。

保釈条件の問題
 問題は保釈条件です。最初の保釈条件は、保釈保証金10億円のほか、ゴーン氏の自宅玄関に監視カメラを設置し、撮影したカメラのフィルムを裁判所に提出すること、メールの使用はできるが、そのログを裁判所に提出することなどというものでした。保釈保証金10億円というのは、もちろん、一般の人には納付可能な金額ではありません。その点だけでも、この条件は一般的ではありませんし、また、一般化されても困ります。
 監視カメラの設置とフィルムの提出という条件は、私的領域への出入りを裁判所が事後的であれ、常時監視する態勢を作ることであって、そこまでのプライバシーへの介入を了解するという条件と引き換えに保釈を得たことが、今後の保釈実務の改善になったのでしょうか。むしろ、今後に悪影響を及ぼすのではないかというおそれを感じます。
 さらに、メールのログの裁判所の提出ということも、通信の秘密を著しく阻害することです。そこまでしなければ、罪証隠滅の可能性がないことを裁判所に認めさすことができないという事態は、保釈実務を改善するよりも固定化するもののように思われます。
 2度目の保釈にあたっては、ゴーン氏の妻との接触禁止が条件として加えられました。特定の人物との接触禁止を条件にすることは、これまでの実務にも見られました。しかし、その多くは、被害者との接触禁止とか、共犯者との接触禁止でした。家族との接触禁止というのは、いわば日常生活の基本的部分の制限にあたります。
 以上の保釈条件の是非については、多面的角度から徹底的な議論をする必要があるでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。