【村井敏邦の刑事事件・裁判考(85)】
刑事司法と国際基準
 
2019年1月31日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
ゴーン氏の身体拘束に対する国際的批判
 前日産会長ゴーン氏の身体拘束はまだ続いています。前回は、金融商品取引法違反についての勾留とその延長の問題を扱いました。この勾留延長に対しては、裁判所はこれを却下し、これに対する準抗告も棄却しました。その直後、検察側は、特別背任罪でゴーン氏を逮捕し、勾留を請求しました。裁判所はこれらの請求を認め、さらに勾留延長も認めて、ゴーン氏の身体拘束は年を超えました。
 年が明けた2019年1月11日までに、検察は、ゴーン氏を以上のすべての罪で起訴しました。ゴーン氏側は、2度にわたって保釈を請求しましたが、裁判所は、いずれの保釈請求も却下しました。
 以上の身体拘束の状態に対しては、海外からの批判が相次いてでいます。安倍首相も出席したダボス会議においても、各国から日本の刑事司法の状態に対する批判が集中したようです。
 こうした国際的批判に対して、日本の司法当局や政治家は、それぞれの国には、それぞれ異なった制度があり、その制度の違いを無視して、一方的に批判するのはおかしいと反論しています。しかし、はたしてそうした問題でしょうか。

「人質司法」と批判されるいわれ
 日本の刑事司法を表す言葉に、「人質司法」があります。今回の事態を契機にして、海外においても、日本の刑事司法は「hostage justice」(人質司法)だと批判されています。「人質司法」はもはや国際的に通用する言葉になりました。
 「人質司法」という言葉は、海外で作られたものではなく、日本国内において、自白をしない限り勾留が長期化し、保釈も認められない刑事司法の実態をさして、かなり以前から言われていました。
 今回のように有名な人の場合だけでなく、一般の事件においても、このような実務は常態化しているのです。「人質」というのは、人の解放の交換条件として金銭その他の利益の提供を強要することですが、これを司法の場において、人の解放の条件として自白を強要するところから名付けられたものです。
 この批判に対して、「日本には日本の制度がある」と強弁できることではありません。あまりにも恥ずかしい反論であり、そのこと自体が国際的批判の的になっています。

批判されているのは、捜査実務だけではなく裁判実務も
 批判の第一の焦点が捜査実務にあることは疑いがありません。しかし、捜査実務だけではなく、日本の裁判実務にも批判が向けられていることに注意する必要があります。
 捜査機関が自白偏重を抜け出させず、自白を求めて取調べをし、そのために被疑者・被告人の身柄を長期にわたって確保しようとすることは、これまで強く批判されてきたことです。
 しかし、自白偏重は、裁判官の中にも拭いがたくこびりついている悪弊です。それが保釈実務にあらわれているのです。
 今回のゴーン氏から申し立てられた保釈請求に対しても、裁判官は2度ともに保釈請求を退けています。理由は、罪証隠滅の可能性と逃亡の可能性という決まり文句で、具体的にその可能性を示す証拠を示しているわけではありません。
 その前の勾留理由開示においても、裁判官は、勾留の理由は罪証隠滅と逃亡の可能性であると述べるのみで、その具体的な理由を明らかにせよという要求に対してはまったく応じません。
 このような裁判官の態度は、今回のゴーン氏に対してのものが特殊なわけではなく、従来から普通に見られるものです。否認したまま保釈するというのは、かなりまれであるというのが、日本の刑事司法実務です。

刑事司法に関するルール
 刑事司法に関しては、日本国内のルールでも以下のように定められています。まず第一には、憲法31条があります。そこでは、いわゆる適正手続が保障されています。人の自由を制限するためには、適正な手続に則ることが必要です。長期にわたる身体拘束や繰り返しての逮捕・勾留は、この適正手続き保障に反します。勾留理由開示は憲法34条第2文によって憲法上の権利として保障されています。この権利は、単に形式的に勾留の要件を開示することを要求するのでありません。淵源的には、人身保護令状に源を持っており、理由のない勾留からは直ちに解放されることを保障したものです。その理由は具体的なものでなければならないのです。憲法34条第1文では、弁護人依頼権が保障され、さらに、37条において、具体的に資格を有する弁護人に依頼する権利があることが明記されています。これは、最近では、弁護人に援助を求める権利としてより具体的に解され、取調べに対する弁護人の立会い権もあると主張されています。
 憲法38条には、自白強要をしてはならない、偏重してはならない、長期の拘禁はいけないことが規定されています。
 以上のように、日本の憲法は刑事司法における被疑者・被告人の権利をかなり詳細に規定しています。これらの憲法上の人権保障に照らした場合、いわゆる「人質司法」は「日本独自の制度」として誇れるどころか、憲法上の人権保障規定に違反するものとして、恥ずべきことだということが明らかです。
 上記の日本国憲法の諸規定に加えて、世界人権宣言やいわゆる自由権規約等の国際人権法があり、無罪推定をはじめとして、「人質司法」と称される日本の刑事司法実務が踏みにじっている諸ルールがあります。
 国内外の諸ルールにはする「人質司法」を日本の政治家・刑事司法関係者は「海外からの独善的批判」として排斥することはできません。

日本の刑事司法変革の契機になるか
 ゴーン氏の身体拘束をめぐる国際的批判は、日本の刑事司法の変革をもたらすかもしれません。来年には、日本で国連犯罪防止会議が開かれ、世界各国から刑事司法における人権に関心を持つ人たちが来日します。国連被拘禁者最低基準規則の改定も議論されます。
 今回の問題で浮き彫りされた日本の刑事司法の現状は、大きな批判の的になることでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。