【村井敏邦の刑事事件・裁判考(80)】
今市事件控訴審判決を批判する
 
2018年9月3日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 2005年に栃木県今市市で発生した小学校1年生の女児が殺害された事件、いわゆる「今市事件」の控訴審判決が、本年(2018年)8月3日にありました。この事件については、1審判決があった2016年4月6日後の本欄同年6月20日号において、「取調べの録音・録画の落とし穴:今市事件判決に見る」というタイトルで紹介しました。

「取調べの録音・録画の落とし穴:今市事件判決に見る」

 そこでは、次のように述べてこの判決を批判しています。少し長いですが、必要部分を引用します。
 「自白の信用性を補強するものとして録画画面を利用することの問題
 もう一つの問題は、今市事件では、取調べの録音・録画テープが任意性立証のためだけではなく、信用性立証のために使われたことです。
 今市事件では、客観的証拠としては、状況証拠だけで、しかも、それだけでは被告人の犯人性を立証することはできません。裁判所は、「被告人が犯人としたならば合理的に説明することができない……事実関係が含まれているとまではいえず、(最高裁平成22年4月27日決定・刑集64巻3号233頁参照)、そうすると、客観的事実関係のみから被告人の犯人性を認定することはできないというべきである」としました。その上で、自白の任意性、信用性を肯定し、有罪判断をしています。
 自白の信用性判断の過程では、取調べ状況の録音・録画の結果がしばしば引かれて、信用性が肯定されています。裁判員の判決後のインタヴューでも、「録音・録画ビデオを見なければ、有罪には達しなかっただろう」という発言が行われています。録音・録画ビデオが、裁判員の有罪の心証に決定的役割を果たしたようです。
 しかし、任意性立証のために提出された録音・録画テープを、信用性の補助証拠として用いることはいいのでしょうか。今市事件において裁判員に与えた影響から、検察官は今後、録音・録画テープを有罪立証の証拠として活用してくることが、容易に予想されます。
 録音・録画テープの証拠としての問題性は、それを見る者に書いたもの以上の迫真性をもって訴えることです。それだけに、有罪立証のための証拠とするには、予断・偏見を与えやすく、その点で、証拠能力(法律的関連性)に疑問があります。
 改正法は、あくまでも任意性立証のための手段として、取調べ状況の録音・録画テープの証拠性を認めています。有罪立証のための証拠とすることは、今回の改正法の射程距離にはいっていないことを注意する必要があるでしょう。」
 8月3日の控訴審判決も、この点を問題にしました。

控訴審判決の評価できる点

 控訴審判決は、取調べの録音・録画を事実認定に採用して、自白の信用性を認めたことについて、次のように述べて、これを排斥しました。

 「供述の信用性を判断する補助証拠として採用した取り調べ録画で犯罪事実を直接認定したのは違法」

 高裁判決は、映像を根拠にすることは、印象による主観的な判断に陥る危険がある、客観的事実との整合性などを冷静に見る姿勢を妨げると指摘して、取調べ録画に基づいて事実を認定した第1審判決を、「自白に基づいて殺害の日時・場所を認定した1審には事実誤認がある」として、第1審の有罪判決を破棄しました。
 控訴審判決は、ビデオ録画による事実認定を「印象による主観的な判断に陥る危険がある」と排斥し、客観的証拠によって事実認定すべきであるとしました。この点は、評価できる点です。

ところが、その一方で

 取調べ録画を犯罪事実の認定に用いたのは違法としたのですが、間接事実によって犯罪事実を認定できるとして、結局、有罪とし、かつ、第1審と同様、無期懲役を言い渡しました。
 しかも、殺害の場所と犯行経過についてだけ自白を信用できないとしましたが、殺害したとの自白自体は信用できるとして、排斥したはずの自白の信用性を認めたのです。

 「自らが本件殺人の犯人であることを認める部分については、他の証拠によって客観的に裏付けられ、あるいは支えられており、信用性を認めることができる」

 高裁判決が取調べ録画による事実認定を違法とした論理は、映像に依拠することは主観的な判断に陥る危険があるということでした。そのため、違法であるというのですから、取調べ録画の映像そのものが事実の認定について偏見や予断を与えるということでしょう。これは、引用した前の記事で指摘した証拠としての価値、すなわち、証拠能力上の問題として法的関連性がないということです。
 法的関連性のない証拠を用いることは、違法です。この点で違法ということになると、部分的には信用できるとして事実認定に用いることはできません。この点で高裁判決は根本的な誤りを犯しています。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。