【村井敏邦の刑事事件・裁判考(62)】
死刑廃止宣言
 
2016年10月31日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

日弁連の死刑廃止宣言
 日本弁護士連合会(日弁連)は、死刑廃止宣言を決議し、発表しました。正確には、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」で、刑罰制度全体の改革を提案しているのですが、マスコミ等では、死刑廃止宣言として報道されています。
 日弁連は、これまでに死刑についての宣言を発表しています。2011年10月7日に第54回人権擁護大会で死刑のない社会が望ましいことを見据えて採択した「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め,死刑制度についての全社会的議論を呼びかける宣言」(「高松宣言」)がそれです。

高松宣言
 1. 刑罰として、不必要な拘禁を行わないための有効な施策を充実させること。
 2. 刑罰として拘禁を行う場合には、社会への再統合を円滑に図るため有効な処遇を積極的に行うべきであり、矯正と保護の連携及び担い手の育成と専門性の確保、自立更生促進センターや就業支援センターの拡充等を図ること。
 3. 有期刑受刑者に対しては、仮釈放を可能な限り積極的に実施し、かつ早期の仮釈放を実現すること。仮釈放後は、社会内における指導の充実化を図ること。無期刑受刑者に対しては、無期刑が終身刑化した現状を打開するため抜本的な制度改革を行うこと。
 4. 罪を犯した人の円滑な社会復帰を支援するため、矯正・保護部門と福祉部門との連携を拡大強化し、かつ、福祉の内容を充実すること。
 5. 罪を犯した人の社会復帰の道を完全に閉ざす死刑制度について、直ちに死刑の廃止について全社会的な議論を開始し、その議論の間、死刑の執行を停止すること。議論のため死刑執行の基準、手続、方法等死刑制度に関する情報を広く公開すること。特に犯罪時20歳未満の少年に対する死刑の適用は、速やかに廃止することを検討すること。
 6. 死刑廃止についての全社会的議論がなされる間、死刑判決の全員一致制、死刑判決に対する自動上訴制、死刑判決を求める検察官上訴の禁止等に直ちに着手し、死刑に直面している者に対し、被疑者・被告人段階、再審請求段階、執行段階のいずれにおいても十分な弁護権、防御権を保障し、かつ死刑確定者の処遇を改善すること。

 そこで提起された、「死刑の廃止について全社会的論議」については、民主党政権下で、法務大臣がそうした論議の場を設けることを提起しましたが、政権交代もあり、実現しませんでした。もちろん、死刑の執行停止が決議されたこともありません。
 「死刑制度の全員一致制、死刑判決に対する自動上訴制、死刑判決を求める検察官上訴の禁止」という施策もとられていません。裁判員裁判制度のもとでは、少なくとも、全員一致制を採るべきだとの意見は方々から出されていますが、いまだに実現していません。
 しかし、世界の趨勢は、死刑廃止の方向に流れています。

世界の趨勢と死刑論議
 2015年12月末日現在、法律上死刑を廃止している国は102か国、事実上死刑を廃止している国(10年以上死刑が執行されていない国を含む。)は38か国、法律上および事実上の死刑廃止国は、合計140か国と世界の中で3分の2以上を占めている状況です。実際に死刑を執行した国は更に少なく、2015年の死刑執行国は25か国しかありません。アメリカの各州でも死刑を執行しない州が増えてきています。
 これが世界の趨勢です。
 実は、筆者の大学時代のゼミの先生・植松正博士は、強固な死刑存置論者で知られていました。死刑の存廃議論となると、廃止論者として団藤重光博士、存置論者として植松正博士というのが定番でした。
 それほど強固な死刑存置論者の植松正博士の死後、死刑について書いた絶筆となった論文を発見しました。そこには、次のように書かれていました。

 私は死刑の存廃問題を問われると、正義感から、存置支持の意見を表明しているが、国際的運命としては、遠からず日本でも廃止となることを自覚しているので、今後は存置論を言ってみても仕様がないとも思っているので、ここにそのことを言明しておく。
(土地家屋調査士437号19頁)

 このことを日本刑法学会の機関誌上に書いたところ(「追悼・植松先生」刑法雑誌39巻1号(1999年)195頁)、団藤博士は、これを引用して、「私は直接きいたことはなかったが、私に対する友情にみちた遺言的な激励として受け止めたいと思う」(『死刑廃止論』第6版(2000年)36頁)と書かれました。二人の博士は、論敵でありながら、深い友情で結ばれていたことを感じる一文です。

 世界的に死刑廃止の方向にあるという中で、日本は、死刑が確定した後の再審で無罪が言い渡された事件が4件(死刑再審4事件)もあるのに、死刑を見直そうとしません。死刑についての検討会議さえも持とうとしません。

死刑執行停止を求める国連決議
 国連総会では、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議を2007年以降採択しています。2014年12月の国連総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が、過去最高数の117か国の賛成により採択されました。この決議は、死刑制度を保持する国々に対し、死刑に直面する者の権利を保障する国際的な保障措置を尊重し、死刑が科される可能性がある犯罪の数を削減し、死刑の廃止を視野に死刑執行を停止することを要請するものです。日本とアメリカは、第1回目の決議以来反対してきています。しかし、採択に反対する国の数は、大きく減少してきています。

 こうした死刑をめぐる世界の状況とともに、日弁連がこの機会に死刑廃止を含む刑罰制度改革を求める宣言をした背景には、国連被拘禁者処遇最低基準規則の改定があります。

マンデラルール
 国連被拘禁者処遇最低基準規則は、1955年に定められたものですが、刑罰制度を含む拘禁されている人の処遇について定めた国際的には最も権威あるものです。これが、2015年の国連総会において60年ぶりに改定されました。この改定された国連被拘禁者処遇最低基準規則は、合意された場所が南アフリカだったことから、マンデラルールと呼ばれています。
 このマンデラルールは、刑罰制度にも大きくかかわってきます。日本の場合、懲役刑で労働を強制することになっていますが、刑罰としても強制労働は科してはならないというのが、今や国際的ルールです。マンデラルールの採択によって、日本の懲役刑の在り方は考え直さなければならない状況になっています。
 2020年は、オリンピックの年ですが、実は、国際人権の上からはもっと重要な会議が日本で開かれます。5年ごとに開かれる国連犯罪防止会議が、次回は2020 年に日本で開催されることが決定しました。マンデラルールに従った日本の刑罰制度の見直しのいい機会だという認識のもとに、日弁連は、死刑制度を含む刑罰改革を求める決議を採択しました。

日本の刑罰制度の全体的見直しになるか
 日弁連の決議の全体については、筆者自身も必ずしも十分な検討をしていません。しかし、この時期にこうした決議をあげ、改革に向けて議論を喚起しようとする日弁連の方向性は肯定できるところです。是非とも社会全体で大きな議論が巻き起こり、2020年には、世界に向けて、日本の刑罰制度が人権尊重の最前線にあるという評価を出るような成果を得たいものです。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。