法曹養成制度改革の到達状況を語る(その1)  
2012年4月23日
後藤昭さん(一橋大学法科大学院教授)

*以下は法曹養成制度改革について、大出良知・東京経済大教授からの質問に答え後藤昭さんが2012年3月に語ったことです。タイトル・小見出しは編集部がつけさせていただきました。

 現在の法曹養成制度については、いろいろな批判があります。司法試験の合格率が低いとか、法曹になるまでに多くのお金がかかる、といった批判です。私も、たしかに改善すべき問題点がいろいろとあると思いますが、いまの制度、特に法科大学院が果たしている役割の良い面は正当に評価されるべきではないかと思います。

【法科大学院制度導入の意義と効果について】

 そこでまず、法科大学院制度の良い面を少しお話したいと思います。
 法科大学院の良い面は、法曹をめざす人たちが法律専門家になるために必要な学習にしっかりと取り組むようになったことです。旧司法試験の時代にも、それぞれが一生懸命勉強していたわけですが、それは基本的に司法試験に合格するための勉強でした。その受験勉強と、法曹として本当に必要なことを学び、かつ有能な法曹になるために必要な能力を培うこととは、かならずしも同じではなかったと私は思います。
 当時は、司法試験に合格するために、なるべくてっとり早く合格できる方法を、予備校が考えてそれを受験者に提供する、そして受験者たちはそれを覚える、こういう問題が出たらこう書けばよいというようなことを覚えてははきだす、という勉強になってしまいがちでした。しかし、それは法曹として本当に必要な能力なのか疑問です。私は、その一部ではあるとしても、あくまで一部でしかなかったと思います。法曹としてもっと必要なことは、自分で事実を見て、それを法律にあてはめてどう解決するのか、それを一つひとつ考えて、論理で説明できる、そのような能力だと思います。そのような能力を養うために、法科大学院は大きな効果をあげていると思います。
 法科大学院の授業では、学生は非常に熱心ですし、多くの教員は熱心に教えています。学生たちは教員に対してしっかり教えてくれと厳しい要求をするし、教員の方も学生たちに、予習をしっかりすることなど厳しい要求をしています。授業は学生と教員の双方向のものとなりますので、学生たちは自分がしっかり予習をしていかないと教室全体に迷惑がかかるという意識で授業に臨みます。非常に緊張感のある授業になっています。これはこれまでの日本の大学ではみられなかった、新しい現象です。
 そのような緊張感のある授業が可能になったのは、法科大学院には法律専門家になりたいという明確な目的意識をもった学生だけが集まっていること、そして法科大学院の修了を司法試験の受験資格の要件にしたことの結果です。そのいずれが欠けても、こうした授業は実現しなかったと思います。
 学生たちの授業評価、あるいは新人弁護士の意見調査の結果を見ても、学生たちは法科大学院の教育をそれなりに評価しています。もちろん完全に満足しているわけではありませんが、法科大学院教育の有用性をそれなりに評価していることがわかります。
 法科大学院では、法学部以外の学部の出身者や社会人経験を経た人たちが教室に入ってきました。その結果、教室の中で、物の見方や意見の多様性がもたらされ、将来の法曹界に多様な人材を送り出す効果も生じました。

【試験合格率の問題、お金がかかるという批判について】

 現在の法曹養成制度への批判の中に、司法試験の合格率が低い、という点があります。たしかに単年度で見ると、昨年は23%くらいで、低いと思います。
 ただ、受験は3回までできるわけで、3回まで受験した後での累積の合格率を見ると、法科大学院修了者のうちの40%以上の人たちが合格しています。
 また、法科大学院によってはこの累積合格率は70%を超えています。現在の制度のもとでも、司法制度改革審議会の意見書が言った、修了者の7〜8割が合格する、という目標が達成できている法科大学院もある、ということは見ておく必要があると思います。
 それから、法科大学院で勉強するにはお金がかかる、という批判についてです。お金がかかるので借金しなければ法曹になれない、というようなことが言われます。
 私は、法曹という専門職を育てるためには、それなりに時間とコストをかけなければならない、それは避けられないことだと思います。そうしないで、単に試験で選抜するだけで良い法曹が育つでしょうか。かつてはそれで済んだかもしれませんが、法制度が複雑になり、変化も早くなった現在では、それでは済まないと思います。たしかに法科大学院で勉強するにあたって借金する人はいます。しかし、そこには、法曹をめざして勉強をするためにお金が借りられるようになった、という面もあるわけです。かつての司法試験の受験者には、大学卒業後には、奨学金を利用する機会はありませんでした。自分で生活費を賄いながら勉強しなければならなかったわけです。現在の法科大学院生の場合、利子付きの奨学金であれば、申請した人たちにはほぼ全員支給されるようになっています。法曹をめざして勉強する人たちがそのためのお金を借りて勉強に専念できるようになったわけです。このことも正当に評価すべきだと思います。

<続く>
 
【後藤昭さんのプロフィール】
一橋大学法科大学院教授(刑事法)。その設立にあたり、法科大学院長にも就任した。
『法科大学院ケースブック刑事訴訟法』(共著、2007年第2版、日本評論社)、『わたしたちと裁判』(2006年新版、岩波書店)など著書多数。