「みえない手錠をはずすまで」−狭山事件を伝える(その2)  
2012年3月26日
金聖雄さん(映画監督)

<前回からのつづき>

―――足利事件や布川事件で無罪判決が出ました。証拠の全面開示や取調べの可視化などを求める声も広がりつつある、と言えるかもしれません。金さんはどのようにお考えですか。
(金さん)
 私は、足利事件で菅家さんへの無罪判決が出されたあたりから、刑事司法改革の流れが変わったように感じています。狭山事件でも石川さんの無実の主張は全然認められない状況が続いてきたのですが、ようやく第三次の再審請求で裁判官が検察側に証拠の開示を求めるように変化してきています。
 菅家さんや布川事件で無罪になった桜井さん・杉山さんたちは、自分が無罪になって満足するのではなく、他のえん罪被害者の救済のためにも連携しています。それも世論の形成につながっているように思います。

―――日本の刑事司法の抜本的改革はこれからとなっています。改革が実現していくためには何が必要だと考えますか。
(金さん)
 身内や友人が裁判になっているような人以外の多くの人は、やはり裁判のことは「わからない」「遠くのこと」あるいは「めんどう」「難しい」というイメージになっているのではないでしょうか。そこにはマスメディアの責任が大きいと思います。
 同時に、最近はインターネットやツイッターなどが発達し、いろいろな情報がいままで以上に氾濫するようになっています。そして、そのような媒体では専門家的な人のジャーナリスティックな言動の影響力が高まり、一方で多くの人々が“難しいこと”は避けよう、という雰囲気になっているように思います。原発事故による放射能汚染の危険性に関わる情報などにおいても言えます。
 刑事司法をめぐる問題点についても、このような状況もふまえながら、多くの人々にわかりやすく伝え、問題提起していく必要があると思います。いまつくり始めている作品もその一環です。

―――具体的にはどのような作品にする予定なのでしょうか。
 ドキュメンタリー映画「みえない手錠をはずすまで」は2013年に公開するということですが、私たちとしては、この映画が刑事司法改革に弾みになることを期待したいと思うのですが、いかがでしょうか。
(金さん)
 ドキュメンタリーというのは、作り手の問題意識にもとづいてつくることが多いと言えます。しかし、「みえない手錠をはずすまで」はドキュメンタリーではありますが、石川さんはえん罪被害者であるとか、日本の裁判所は間違っているとか、そのような主張を観る方々に押しつけるような作品にはしないつもりです。
 私は石川一雄さんという人とその人生を描くことによって、石川さんの無実の訴えを否定してきた司法の問題点が浮かび上がるような作品にしたいと思っています。石川さんの無実の訴えを認めよと拳を振り上げるたたかいは必要であり、重要ですが、この作品は少し違う角度から描くものにしたいと思います。そうすることによって狭山事件のことを多くの人々に知ってもらえるようになればと、と思っています。半世紀近く無実の罪を背負い、獄中生活を余儀なくされ、普通に生きることができなかった人が、しかし力強く生きている、という姿、生き様を描き出したいと考えています。

―――ドキュメンタリー映画「みえない手錠をはずすまで」の製作が司法改革にも大きな影響を及ぼすであろうことがよくわかりました。素晴らしい作品ができあがることを期待しています。本日はありがとうございました。
 
【金聖雄さんのプロフィール】
映画監督。
主な作品として、「花はんめ」(2004年、監督)、「在日〜戦後在日50年史」(1997年、監督補)、「空想劇場〜若竹ミュージカル物語〜」(2012年、監督)、ビデオシリーズ「人権って、なあに」(全12巻)などがある。
ドキュメンタリー映画「みえない手錠をはずすまで」の公式ホームページはこちら