【村井敏邦の刑事事件・裁判考(11)】
GPSによる追跡は憲法違反 合衆国判例
 
2012年3月5日
村井敏邦さん(大阪学院大学法科大学院教授)
 最近、アメリカ合衆国最高裁判所は、大変興味深い判断を示しました。日本の捜査のあり方に対しても、反省を迫るものがあるので、ここで紹介しておきましょう。

合衆国対アントアヌ・ジョーンズ事件判例
 事件は、麻薬取引の疑いのある人物に対して、警察が公共駐車場に停めてあった、その妻の自動車の車台にGPSを取り付けて追跡し、それによって証拠を得て起訴したというものです。捜査側は、10日間有効の搜索令状を裁判所から発行してもらったのですが、実際にGPSを取り付けたのは11日目で、さらにそれから28日間追跡して被告人の動静についての情報を得、その情報をもとに起訴しました。地方裁判所は、被告人が自宅の駐車場に停車していた間の車のデータは証拠排除しましたが、その他の証拠については、被告人は、自動車が公道上にある場合には、「プライバシーに対する合理的な期待」を持っていないとしてこれを許容して、被告人に有罪を言い渡しました。
 合衆国控訴裁判所は、令状なしでGPSを使用して得られた証拠を許容することは、合衆国憲法修正14条に違反するとして、地裁の判断を破棄しました。
 合衆国憲法修正4条は、「身体、家屋、書類および財産について保護されるべき人の権利は、不当な搜索、押収によって侵害されない」としています。日本の憲法35条の源となった条項です。アメリカ合衆国は、州と連邦とに分かれていて、少し厄介なのですが、合衆国憲法を州の実務に適用するためには、修正14条を通じて行われます。合衆国控訴裁判所が、修正14条に違反するとしたのはそのためです。
 本年(2012年)1月23日、合衆国最高裁判所は、9対0で、自動車に令状によらないでGPSを取り付け、車の動静を監視したことが修正4条にいう「不当な搜索」に当たると判断しました。

法廷意見と補足意見
 この判決は結論としては全会一致でしたが、その論理では、法廷意見と補足意見とでかなり違いがあります。
 法廷意見は、自動車の車台にGPSを取り付ける行為が不法侵入(trespass)にあたり、その結果、不当な搜索だとしました。
 これに対して、アリト(Alito)判事が補足意見を書き、これに3人の裁判官が同意意見を付しました。アリト補足意見の骨子は以下のようです。
 法廷意見の基づく不法行為理論は「プライヴァシーは場所ではなく、人を保護する権利だ」としたカッツ(Katz)事件判決によって、克服された。現代は、プライヴァシーの基準として用いられる「合理的期待基準」(reasonable expectations of privacy)を打ち立てたとされるカッツ事件判決の時代と比較して、技術が飛躍的に進歩して、プライヴァシーの確保が困難になってきている。そのような技術の進歩に対応した理論が必要である。そうした点から、プライヴァシーの基準として考えられてきた、「プライヴァシーの合理的期待」の基準を改めて見直してみる必要がある。

 「公道上での人の行動を比較的短期間監視することについては、プライヴァシーの期待に照らして合理的と認められてきた。しかし、犯罪捜査のために長期間GPS監視装置を用いることは、プライヴァシーの期待を侵害する。捜査機関が個人の自動車の行動の一つ一つを大変に長期間にわたって密かに監視し、記録することを社会は期待していない。」

 このように、短期的な監視と長期的な監視を区別することによって、従来、行動上の監視活動については、プライヴァシーを侵害しないとしてきたことの不合理性を指摘しています。

「プライヴァシーの合理的期待」について
 日本でも、カッツ判例が紹介され、「プライヴァシーの合理的期待」は、プライヴァシー侵害になるかどうかの基準として採用されてきました。しかし、そこには、上記の補足意見が指摘すると同様の問題が含まれていました。一般的、画一的にこの基準を適用して、人は公道上では自らを晒しているので、プライヴァシーを侵害されたくないと思ったとしても、それは単なる主観的なものでしかなく、合理的な期待とはいえないという論調が支配してきたのです。
 しかし、上記のアメリカ合衆国最高裁判例、とくにアリト補足意見は、こうした論調に反省を迫ることになるでしょう。
 もともと、カッツ判例自体が、公道上にある電話ボックス内の会話を盗聴したことを憲法違反としたものです。この時点で、単に公道上の行動であることで、プライヴァシーが否定されるわけではないとされていたことは、明らかです。

カッツ判例
 「合理的期待基準」は、カッツ判決の多数意見が示したものではなく、その補足意見の中で、ハーラン判事が示したものです。ハーラン判事は、合衆国憲法によって保護されるプライヴァシーの権利の条件として、二つあげました。その1は、「人がプライヴァシーの現実的(主観的)な期待を示していること」であり、その2は、「その期待は、社会が合理的と認めるものであること」です。これに続けて、ハーラン判事は、具体的にどのような場合が「合理的な期待」と言えるかを述べているのですが、実は、この点が公道上の行動は合理的な期待に当たらないという理解の元となったのです。

 「だいたいの場合、人の家は、その人がプライヴァシーを期待する場所である。しかし、部外者のあからさまな視線(plain view)にさらされた物、行動、発言は、保護されない。なぜならば、このようなものについては、その人はそれを秘密にしようとする意思を表明していないからである。」

「プレイン・ヴュー」法理
 ここで使われているのは、古くからアメリカの判例では用いられている法理で、いわゆる「プレイン・ヴュー」法理といわれるものです。誰からもよく見える状態で行動する場合には、プライヴァシーの保護を主張することができないというものです。この法理をベースにして、公道上ではプライヴァシーに対する合理的期待がないと言われてきました。日本の判例でも、公道上に設置された監視カメラで、そこを歩く人たちを録画することには、プライヴァシー侵害はないとしたものがありますが、これはこうした論理に基づいています。

 ジョーンズ事件において、検察官は、公道上に駐車してある自動車はすべての人の目に晒されているのだから、その自動車の外側に追跡装置をつけたとしても、プライヴァシーを侵害するものではないと主張しました。これに対して、多数意見は、自動車自体が不法侵入から保護されるべきものであるから、合理的な期待の理論を用いる必要もなく、令状の必要な搜索に当たるとしました。要するに、多数意見は、この事件の場合には、個人の財産等への不法侵入という、典型的な不当搜索があるのだから、補足意見が問題にするような合理的期待の法理の現代的適用を考える必要がないというのです。

ジョーンズ事件判例における補足意見の意義
 たしかに、事例判断としては、多数意見のような解決でよいのかもしれません。しかし、補足意見が指摘するように、現代では、物理的に他人の土地や建物、財産への不法侵入よりもさまざまな電子機器によるプライヴァシー侵害の危険が深刻です。スマートフォンやiPadには、GPS機能がついていて、どこでも、いつでも位置情報が把握されます。このような事態に対して、不法侵入法理ではプライヴァシー侵害を止めることはできません。補足意見は、この点を問題にしています。その意味では、多数意見よりも補足意見のほうが、現代進行中の問題について考える一般的基準を提供してくれています。

 補足意見は、多数意見が採っている不法侵入基準では、GPSを自動車に取り付ければ、短期間しか追跡しなくても、不法侵入となるが、被告人の車を覆面パトカーや地域の助けを借りて、警察官が長期間追跡した場合には、不法侵入はないから、プライヴァシー侵害はないということになる。これは不合理な結果だと指摘しています。この点が日本の事件との関係でも有益な示唆を提供してくれています。