高尾山天狗裁判から司法の問題点を考える(1)  
2011年5月9日
橋本良仁さん(高尾山天狗裁判原告団事務局長)

―――橋本さん達は、高速道路建設によって高尾山周辺の環境が悪化することに反対する裁判をすすめています。まずは、みなさんが裁判で訴えていること、裁判を提起するに至った経緯などからお聞かせください。
(橋本さん)
  1984年8月、都心から50キロメートル圏を一都四県にわたり一周する圏央道という高速道路をつくること、国定公園・高尾山の南北にインターチェンジとジャンクションをつくり、高尾山にトンネルを掘るという建設計画が発表されました。高尾山は生物多様性の宝庫であり、都民のオアシス、ここには1321種の植物や137種の野鳥などが生息しています。圏央道の計画はこうした自然環境を破壊し、大気汚染や騒音被害などによって地元住民の住環境にも悪影響を及ぼします。高尾山は昔から信仰の山でもあり、地元住民は計画発表からわずか2か月後には裏高尾圏央道反対同盟を結成して反対運動を始めました。この地にはすでに中央高速道路がつくられ、そのことによる被害の大きさを住民たちは知っていましたから、町会一丸となって道路建設反対の運動に立ち上がったのです。
  当時の建設省や東京都は圏央道建設のために環境アセスメント調査をおこない、その結果を住民に示し、建設による環境被害は軽微であると説明したのですが、実にいい加減な非科学的な内容でした。住民たちは多くの良心的な科学者の協力も得て、自主的なアセスメント調査をおこない、建設省や東京都の説明会のたびにその結果を示しながら、建設計画の不当性を訴え、追求し続けました。ところが、1989年3月、住民たちの圏央道建設反対の声・運動を無視して、都市計画決定され、建設事業が始まってしまいました。
  どんなに努力しても私たちの主張は行政や政治の場では受け入れられませんでしたので、最後の拠り所となる裁判に訴えることにしたのです。裁判所ならば公平に判断してくれるだろうと期待したわけです。

―――裁判となると、様々な苦労や困難も危惧されたのではないでしょうか。
(橋本さん)
  このような行政相手の裁判は容易ではありません。裁判に関わる費用をどう捻出するか、そして裁判を進める体制をどうつくるのか、という問題がかならず出てきます。
  私たちはできるだけ多くの住民に原告になってもらい、住民自身が裁判の主人公になるように努めました。具体的には、訴状も私たちが中心になって、弁護士と共同で1年かけてつくりました。そこにはできるだけ住民の思いを込める内容にしました。そして2000年10月25日に、1065人の原告を集め、東京地裁八王子支部に提訴しました。提訴当日の朝日新聞天声人語は、「絵で始まる判りやすい訴状、高尾山など5つの自然物も原告」として高尾山天狗裁判の提訴を全国的に報道してくれました。

―――裁判では具体的にどのような主張をし、裁判にあたって工夫・留意したことはどんなことだったのでしょうか。
(橋本さん)
  私たちの裁判での主張の基本は、高尾山周辺での圏央道建設を差し止めることでしたが、そこにはいろいろな住民の思いを込めました。まず、原告ですが、高尾山周辺の住民の他にこの地域の自然保護団体にも加わっていただきました。また、高尾山に生息するムササビやブナ、オオタカ、そして高尾山と八王子城跡それ自体の自然物も入れました。まさに「自然の権利」を問う裁判にしたわけです。高尾山の自然の破壊は子どもたちや未来に生きる人々の問題でもあることから、裁判の訴状の「まえがき」は子どもたちにも読んでもらえる「絵本」にしました。それは森や滝、ムササビなどの絵と詩で構成しました。
  私たちはこの裁判を、高尾山の守り神=天狗にちなんで「高尾山天狗裁判」と命名しました。

―――みなさんの主張は裁判所では十分に認められていないと思われますが、裁判所と裁判官たちをどのように評価なさっていますか。
(橋本さん)
  圏央道建設にあたっては、東京都あきる野の住民たちも反対運動をし、裁判にも訴えていましたが、2003年に東京地裁の藤山雅之裁判長は道路建設のために、住民の土地の収用を東京都が代執行することを停止する決定をしました。そして、翌2004年4月には、あきる野インターチェンジをはじめ圏央道建設は大気汚染や騒音被害を発生させるとする住民の訴えを認め、事業認定と収用採決を取り消す判決を出しました。藤山裁判長は実際に建設予定の現場に行き、住民の声を聞いて判断しました。行政の暴走を司法が厳格にチェックした判決だと思います。
  圏央道建設に関わっては行政訴訟、民事訴訟が連続的にすすめられてきましたが、藤山裁判長以外の裁判官は住民の声をなかなか受け入れていません。提訴した原告の思いは理解できるとリップサービスしたり、私たちが請求した国交省官僚を証人採用するなどの訴訟指揮をした裁判官もいますが、しかしいずれの判決も、道路建設には高い公共性があるとの判断が繰り返され、住民が勝訴できない状況が続いています。こうした裁判官は、行政には広い裁量権があるとし、いわば行政無謬論に陥っていると思えてなりません。裁判官の中には、“あなた方が主張する環境権は道路建設を差し止める根拠とはならない”として、ほとんど無視する裁判官もおり、腹立たしく思います。
  いま裁判員制度ができて、刑事裁判に市民が参加するようになりましたが、道路行政を問う行政裁判などにも市民の感覚を反映させるべきです。

<次号に続く>

 
【橋本良仁さんのプロフィール】

高尾山天狗裁判原告団事務局長。
「高尾山の自然をまもる市民の会」事務局長、「道路住民運動全国連絡会」事務局長、「公害・地球環境問題懇談会」運営委員も務める。