市民の司法参加・裁判員制度と法教育(2)  
2010年8月16日
渡邊弘さん(活水女子大学)

 第三の問題点は、第一の問題点とも関わって、裁判員制度の意義を、司法へ民主主義の原理を及ぼすものと一面的に捉える授業実践があることです。そもそも裁判員法第一条は裁判員制度の趣旨について「司法に対する国民の理解の増進」「信頼の向上」の二点しか挙げておらず、裁判員制度が司法へ民主主義の原理を及ぼすものとして制度設計されたかということに関しては疑問があります。裁判員制度は、結果的に司法の民主化という機能を果たす可能性がないわけではありませんが、しかしながら、そもそもの趣旨・目的はそこにはなかったのではないかという疑いがあります。一般的にどのような制度についても言えることですが、制度について教えるときは、その制度の趣旨・目的と、それが実際に果たしうる機能とは分けて考える必要があるのではないかと思います。加えて、さらに原理的な問題点を挙げるとすれば、司法に民主主義の原理を導入することは果たしてよいことなのか、という難問もあります。ここまで考えさせて初めて、生徒は司法参加の意義について深い理解をもつことができるようになり、また、よりよい制度設計を考える力を身につけさせることができるのではないでしょうか。
第四の問題点は、裁判員制度の授業実践の多くが、裁判員の選任から判決までの過程のみを扱うものとなっている点です。当然のことですが、裁判員裁判が開始される前には、捜査の過程があり、また、裁判員裁判で有罪の判決が出されれば、その後、刑の執行という過程が控えています。本来であれば裁判員制度の授業は、刑事手続の全過程にわたって教える中で取り組まれなければならないはずです。捜査の段階における被疑者の人権保障について扱わない授業実践は、冤罪という大きな問題から目をそらさせ、「未来の裁判員」である生徒達が実際に裁判員になったときによって立つべき判断の基準について教えないことになってしまいます。一方で、受刑者の更生や社会復帰について扱わない授業実践は、私たちが犯罪に対してどのように対処するべきか、ということについて深く考えないまま人を裁くことを容認してしまうことにもつながりかねません。
市民の司法参加や裁判員制度について学校で教えることは、司法への理解を深め、司法を自らのものとして考え、作り上げていく力を生徒に身につけさせるために積極的な意義を持つものです。それだけにまた、その扱い方や内容、取り上げる素材やそれを分析する視点については、慎重な検討が必要とされるでしょう。子どもたちの発達段階や、あるいは授業時間数といった実際的な問題についても考慮する必要があると思います。このように考えてくると、何を、いつ、どのように教え、考えさせるか、という問題は、決して簡単なことではないかもしれません。しかし、裁判員制度が実際に動き始めて1年が過ぎようとしているいま、改訂学習指導要領を一つのきっかけとして、市民の司法参加や裁判員制度についてどう教えるべきか、法学研究者、法曹、教師、そして市民全体が広く深い討議をするべき時に来ていると思います。

 
【渡邊弘(わたなべひろし)さんのプロフィール】
活水女子大学准教授。日本弁護士連合会事務局職員、法政大学第二高等学校教諭(社会科)を経て現職。「法教育論の現状と課題」(『法の科学』40号〔2009年〕に掲載)、「新学習指導要領と法教育」(『民主主義教育21』第2号〔2008年〕に掲載)など論文多数。