法教育は手軽で効果が大きい、しかし・・・・・。  
2010年5月17日
鈴木浩さん(中学校教員)

 私は、横浜の公立中学校で社会科を担当しています。いろいろな出会いの中で、この5年ぐらい、法教育の要素を取り入れた授業を実践してきました。まず、どんな実践をしてきたか、いくつか例を示してみましょう。

1 裁判員制度について
裁判員裁判の導入をめぐって、そもそも、裁判員制度導入の意義を、市民は分かっているのだろうかという疑問から、生徒が大人にその導入の意義を説明させるという授業を行いました。この授業は全国中学校社会科教育研究大会の公開授業でもあったので、いろいろなところで紹介されています。

2 弁護士への質問(出前授業)
どんなことでもいいから、弁護士さんに疑問をぶつけてみようという授業を行いました。ブレインストーミングに近い方法を取り入れ、質より量で子どもにどんどん意見を出させて、出たものにランキングして、上位の項目を代表者が質問するというものでした。

3 ルールとマナーの違いを考える
街で見かけるルール違反やマナー違反をランダムにあげていき、それらをマナー違反とルール違反に分けていきました。そうすることで、ルールとマナーの境目や、ルールとマナーの違いなどについて考えさせるという授業となりました。

4 量刑を考える
これも出前授業です。弁護士さんに、事前に事件の事例を考えていただき、プリントにして配布します。生徒はグループに分かれて、どれくらいの量刑が適当か話し合います。ほとんど「ヒントは無し」で行いましたが、どのクラスでもほぼ適切な判断が下され、弁護士さんも私もびっくりしたほどでした。

 これら以外にも、いろいろな実践をおこなってきました。その中で感じることは、法教育の授業をすると「子どもが主体的に学ぶ」ということです。授業への子どものモチベーションが高くなりやすいと言ってもいいでしょう。法教育の授業をすると「自分の将来にとって大切な学習だ」という意識が芽生えるのです。法教育が単に「法を学ぶ」というだけでなく、キャリア教育、生き方教育的な要素が含まれているということも、生徒の学習意欲を高める要因でしょう。
一方、現場の課題としては、「法教育」そのものが、新学習指導要領の一部に記載されたとはいえ、まだ教師の間に、その認知度が低いということです。「法教育」という言葉すら聞いたことがないという教師も、かなり多いと思われます。また、たとえ言葉としては知っていたとしても、正確にその意味やねらいを理解しているかというと、極めて不安であると言わざるをえないでしょう。
また、現場には洪水のように「○○教育」が降ってきています。思いつくだけでも、金融教育、国際理解教育、環境教育、開発教育、食教育、キャリア教育等々があります。それらについての案内、パンフレットの類は、「もう勘弁してくれ!」というくらい多量に一方的に職員室に送りつけられてくるのです。そんな中で「法教育は大事です」といくら言っても、「ああ、また、例の○○教育か!」で片づけられてしまうのも、ある面ではやむを得ないことと言えるのです。
そもそも、「教育」と呼ばれるものの中で、「何らの効果も期待できない」といったものはほとんどありません。また、教師は「よい」と思ったものは、どんどんと取り入れてしまう傾向をもっています。そういう特質や体質が、教師の多忙化を招き寄せてしまうのです。こうした現状で、さらに「法教育に取り組んでみよう」と思わせるのは、かなり至難の業なのです。
ですから、法教育を広めるには、教師が「なるほどやってみて、比較的手軽に実践できて、子どもにも評判がよい」という感覚を言わば口コミで広げていくことと、年間計画の中に位置づけて、計画的に取り組める単元を用意してあげることの2本立てで、かなり意図的に広めていくことが必要になってくると思うのです。
「法教育」はその内容の大切さももちろんですが、子どもが主体的に学びやすい、優れた題材です。また、これからの市民を育成するうえで、欠くことのできないものということも確かです。
私は、今年で47歳になります。中学生は12〜15歳です。平均余命から考えて、これからの市民社会にとって、どちらの存在が大切か、考えるまでもないのです。今の中学生に、しっかりとした市民感覚を身につけてもらい、未来の社会を豊かなものにしていって欲しいと考えるとき、「法教育」の重要性は自ずと明らかになると言えるでしょう。

 
【鈴木浩(ゆたか)さんのプロフィール】
横浜市立老松中学校教諭。1963年生まれ。横浜市出身。