裁判員裁判を体験して  
2010年2月15日
坂根真也さん(弁護士)

1 はじめに

 平成21年5月21日,裁判員裁判が施行されました。
既に,平成22年1月現在においては,1000件以上の事件が起訴され,各地で裁判員裁判が実施されています。特に事件が多いのは,千葉,大阪,東京となっています。
これまで,法曹だけで行われてきた刑事裁判に市民が加わることは,歴史的な変革であり,これまで刑事裁判に携わってきた身としても大きな期待をしています。
私自身は,1件の裁判員裁判を体験し,3月にも1件の公判審理が予定されています。

2 分かり易い審理

これまで,刑事裁判は,「調書裁判」と揶揄されるように,捜査機関が裁判前に作成する供述調書というものを中心に行われてきました。
事実が争われる事件であれば,公判において証人尋問を実施することもありましたが,事実に争いがない事件であれば,被告人の話を聞くくらいで,あとは検察官が提出する書類で判断を下してきました。
しかし,この「調書裁判」こそが,えん罪の原因にもなっており,強い批判がありました。
裁判員裁判では,一般の人が集中的に審理をし,判断をするため,膨大な資料を読み込むということは困難で,法廷で目で見て耳で聞いた証拠で判断する必要があります。
現実の裁判員裁判でも,これまでのような調書中心の裁判から,直接法廷で証人や被告人の話を聞く裁判へと変わりつつあります。このことは,裁判員裁判導入の大きな効果と言えるでしょう。
私が最初に担当した裁判員裁判は,夫婦で外国から覚せい剤を輸入したという事件で,事実に争いはなく,刑の重さが争点でした。従来であれば,審理時間は1時間で,証人尋問などは行われず,被告人の話を短時間聞いて判決を下すというものでしたが,裁判員裁判では,被告人の話を十分に聞いて貰い,本国からも家族に来てもらって,どうして事件に関わってしまったか,今後どうしていくかということを裁判員の方に理解していただけたと思います。

3 量刑を決めることの難しさ

量刑を決めるのは,簡単ではありません。
例えば,私が体験した覚せい剤の営利目的輸入罪は,執行猶予(懲役3年執行猶予5年など)から無期懲役までの間があります。
しかも,法律には,何キロなら何年とか,前科があると+5年などという定めは一切ありません。どのような事情を重視するか,その上でどのような刑期にするかも含めて裁判員は考えなければなりません。
裁判所が構築している量刑検索システムというものがあります(過去の類似事例のデータベース)が,それに従うのでは,市民が判断する意味がありません。
これからは,弁護人は,過去の量刑に必ずしもとらわれず,どのような刑を科すべきかを説得的に主張する必要があるのです。

4 今後の課題

分かり易い審理のためには,証拠を絞る必要があります。
また,事前に何が争点なのかを明らかにしておく必要もあります。そのために,公判前整理手続という制度がありますが,弁護人は検察官が収集した証拠の全てを見ることができません。従来に比べれば,証拠開示の範囲も拡大しましたが,未だ不十分ですし,証拠開示を巡って手続が長期化してしまうという問題点もあります。この点は,検察官が起訴後,証拠の全面開示をすることで容易に解決します。検察官は税金を使って捜査をし,証拠を隠す必要など全く無いのです。過去には,検察官が証拠を出さなかったために有罪となった事件がありますが,そのような不正義は絶対にあってはならないのです。
そして,取調べの可視化も必要不可欠です。捜査機関が作る供述調書は,本当に被告人が話したことなのかが闇の中なのです。不当な取調べをしていないのであれば,透明化することに何の問題もないはずなのです。
このような問題点はありますが,市民の方が参加することにより,刑事裁判も裁判所も変革しています。よりよい制度とするために,今後とも努力するつもりです。

 
【坂根真也さんのプロフィール】
弁護士。東京弁護士会所属。刑事弁護を中心に弁護活動をする。
日弁連取調べの可視化実現本部事務局次長。東京弁護士会刑事弁護委員会副委員長。