弁護士過疎の状況と課題  
2010年1月18日
松本三加さん(弁護士・相馬ひまわり基金法律事務所)

弁護士過疎解消対策のはじまり
生活の中で、法律的な困りごとが生じたり、トラブルに巻き込まれたりした場合、まずは弁護士に相談し、解決の方法や道筋を示してもらうことになります。みなさんの周りには、信頼して相談できる弁護士がいるでしょうか。
全国には、各都府県に1つずつ(北海道を除く)地方裁判所があります。各都道府県庁所在地には地方裁判所の本庁が置かれ、さらに地域ごとに支部があり、その管内の事件を扱います。すなわち、どこに住んでいても地域に裁判所はあります。しかし、裁判所はあっても、相談する弁護士はいないか、もしくは著しく少ないという問題が、全国で生じています。これが弁護士過疎の状況です。
各都道府県の弁護士会の連合体である日本弁護士連合会(日弁連)は、弁護士の登録がない地域と弁護士が1人しか登録していない地域を「ゼロワン地域」として、地域に相談できる弁護士を配置することに、10年来取り組んでいます。具体的には、1999年に、弁護士過疎対策を行う活動資金に充てることを目的とした、「日弁連ひまわり基金」を設置しました。以後、全国の弁護士全員が毎月積立をして基金の運営がなされており、各種対策の費用に充てられています。

弁護士過疎地に挑む
2001年4月、東京の法律事務所での1年間の養成後、私は、まだ雪が残る、弁護士ゼロの街、北海道紋別市に降り立ちました。紋別ひまわり基金法律事務所の所長としての赴任でした。赴任のきっかけは、司法修習生の時の就職活動中に、公設事務所の取り組みに出合ったことでした。
そもそも私は、司法試験の勉強を始めたとき、地味でもいい、困っている人を助けることを実感できる仕事をしたいというイメージで弁護士を志しました。当時、日弁連による弁護士過疎地対策は始まったばかり。先の「ひまわり基金」が、弁護士過疎地への法律事務所設置費用に使われることになり、現地に赴任する弁護士の募集がかかりました。
当時は、誰も開業者がいないわけですから、弁護士過疎地、とくにゼロ地域での弁護士需要は未知数でした。手を挙げる弁護士がほとんどいない中、私は、その任務に可能性とやりがいを感じ、応募を決意しました。
結果的には、住民の熱烈な歓迎を受け、事務所は多忙を極めました。今まで弁護士がいなかった現地では、支部裁判所に相談に行ってしまう方々もいらっしゃったようですし、消費者センター等の相談機関からさえも、弁護士につなぐことができず、大変苦労なさったと聞きました。開所後は、このような関係各機関からの紹介事件も、多数受任しました。

弁護士過疎対策の成果とさらなる展開
当初、全国数カ所で船出した「ひまわり基金法律事務所」は、その後、延べ100カ所(開業して定着した事務所を含む)に届く勢いで増え、弁護士過疎地の住民への法的サービスの提供に大きく貢献する制度に育ちました。
このような法的ニーズへの「気づき」が、2006年に活動を開始した、日本司法支援センター(通称「法テラス」)の弁護士過疎地型事務所の設置にもつながりました。今日も、全国の弁護士過疎地で、ひまわり基金法律事務所の弁護士、法テラスのスタッフ弁護士たちが、奮闘しています。今では、事務所の数に応じて、赴任する弁護士が多数輩出され、さらには彼らを養成する都市型公設事務所が大都市に開設されるなど、いわゆる「公益系」の弁護士集団ができつつある状況です。私自身は、紋別での任期を終えた後、アメリカ留学を経て、再び現在の事務所に赴任しております。
こういった取り組みにより、2000年には弁護士ゼロ地域は35ヶ所、弁護士ワン地域は36ヶ所ありましたが、2010年1月現在、弁護士ゼロ地域はなくなり、弁護士ワン地域が10ヶ所となっています(日弁連調べ)。
さらに、ゼロワン地域解消を目指す過程で、形式的には弁護士が複数いても、人口や需要にたいして弁護士が少なく、住民が法的サービスを受けるのが困難な、いわゆる弁護士偏在地域が残るという問題が浮き彫りになってきました。
そこで、従来の対策に加え、地方裁判所支部の弁護士1人当たりの人口が3万人を超えるような地域を、特別に対策が必要な地域(弁護士偏在解消対策地区)として定めたうえ、2008年からは、該当地区に開業する弁護士や、開業弁護士を養成する弁護士・弁護士法人に対し、経済的・技術的支援を行い、一定の成果をあげ始めています。

弁護士過疎解消への課題
弁護士過疎・偏在の解消に向けたこれまでの成果は、日弁連及び法テラスの取り組みによるところが大きいですが、将来的には、弁護士過疎・偏在問題は、法曹人口の増加によって自然に解消されるのではないかという議論がなされることがあります。
しかし、残念ながら答えはNoです。
私は、北海道への赴任の後、諸外国の弁護士過疎対策を研究するため、渡米しました。すると、弁護士が溢れかえっているアメリカでさえ、大都市から離れた農村部においては、いまだに慢性的な弁護士不足が生じていました。留学先の大学では、世界中で弁護士が大都市に偏在している実態を知り、各国で、実情に応じた対策が講じられている事を学びました。日本においても、国や弁護士による不断の努力が続けられない限り、弁護士が足りない地域の解消は達成されないことを、思い知らされました。
まず、現在の制度下における当面の再重要課題は、全国津々浦々に、質の高い法的サービスの提供を行うため、全国の弁護士過疎地に赴任する弁護士の量と質を維持確保することです。今後も、叡智を結集させ、赴任を志す弁護士の募集と養成に、さらなる力を注ぎ続けなければなりません。
今後は、形式的にゼロワン地域が解消されても、偏在地域への対応、さらに将来的には、各弁護士がより専門化して、住民のニーズに対してより細やかに対応していける制度作りが求められるでしょう。また、裁判所や検察庁の配置や統廃合問題への対応など、司法過疎そのものの解消に対する取り組みも不可欠です。弁護士過疎解消の動きは、それ自体にとどまらず、司法そのものへのアクセス解消に向けた動きの始まりでしかないのです。

弁護士過疎問題は人ごとではない
地方は、不況のあおりを受けて疲弊し、高齢化した街が消費者被害のターゲットになる昨今、弁護士過疎は、国民が安心して暮らせる地域づくりのために、医師不足と同様、対策が欠かせない分野であると言わざるを得ません。大都市に住む弁護士も市民も含め、国民も業界も一丸となって取り組むべき課題なのです。
こんな時代だからこそ、弁護士過疎解消に向けた対策は、時々のニーズに応じて柔軟に変化をしながらも、地道に継続されなければなりません。
住民の方々の「ありがとう、待っていました」の声に支えられ、制度の発展に貢献しつつ、日々現場で働けることが、私と私の仲間にとっては、何よりの幸せです。引き続き、問題解決に向けた具体的な動きに、ぜひご注目下さい。

 
【松本三加さんのプロフィール】
弁護士。紋別ひまわり基金法律事務所初代所長、米国カリフォルニア大学バークレー校留学を経て、現在は相馬ひまわり基金法律事務所に勤務。