法曹養成制度改革の今日的課題を語る(1)  
2010年1月4日
大出良知さん(東京経済大学教授)
中西一裕さん(弁護士)
伊藤真さん(伊藤塾塾長・弁護士)
【大出】 2004年に法科大学院が創設され、2006年から新司法試験が行われるようになるなど、法曹養成制度改革が進められてきました。本日は、これらの改革の現状を検証し、今後の課題を考えてみたいと思います。
まずは、今年の新司法試験をめぐる問題状況などから議論していきたいと思います。中西さんから問題提起をお願いします。
【中西】 新しい法曹養成制度は、2010年までに司法試験の合格者を年間3000人にするという計画のもとで法科大学院ができ、多くの人が入学することになりました。ところが、いろいろな要因から、目標どおりの合格者数が出ない状況になり、2009年の新司法試験合格者数は2043人にとどまりました。2010年に合格者数が3000人を達成することはほぼ不可能だと言われています。
当初、法科大学院修了者の7、8割が新司法試験に合格できるように制度設計する予定でしたが、合格者数が抑えられ、法科大学院生はそうならないということに大きなショックを受けることになりました。法科大学院生がのびのびと専門教育を受け、優れた法律家を多数輩出していこうという理念が損なわれる事態になっています。
こういった事態を招いた原因は何なのでしょうか。また、新司法試験の合格者数が当初予定よりも少ない理由として受験生の質の問題が言われますが、本当にそうなのでしょうか。そのあたりを議論したいと思います。

【大出】
 まず、今年の新司法試験合格者数は2000人余に絞られましたが、その理由は明確ではありません。2000人余以外が合格基準に達しなかったのは、巷間、法科大学院の修了生の質が低いということが言われますが、その基準もまた明確ではありませんよね。
【中西】 司法試験委員会は、以前とは違って、最近は試験問題の趣旨などを詳しく公表し、答案についての感想なども開示するようになってきています。しかし、試験の合格点についての明確な基準は開示されているわけではなく、合格発表の直前の会議でそれが決められていて、非常に不透明な状況です。

【伊藤】
 新司法試験は、法律家を志す人たちにその能力があるのかどうかを確認する、いわゆる資格試験なのですが、実際には競争試験になっています。今年の合格者数についても、あらかじめ何らかの考え方で決まっていて、受験生は競争を強いられました。試験の合否の基準というのは、いろいろに設定できます。もともと合格点についての明確な基準はない試験なんだと思います。
たとえば今年の新司法試験の合格者数が2500人になることだって、あり得たことです。今年わずかの点数の差で不合格だった人たちには法律家になる能力が足りなかったと言えるのでしょうか。
そもそも新司法試験制度が始まるときに、最近の合格者は質が下がったからだと言われましたが、その検証もなされていません。私はそのことも強調したいと思います。
【大出】 その通りだと思います。ただ、法律家の数を増やしていこうということになり、その質を確保する体制を確立しようということで、2004年から法科大学院制度が始まったという経緯になっています。大学が法曹養成教育にも責任を持つこととし、そこに新しいエネルギーの投下が行われたこと自体は評価されると思います。法科大学院の教員の授業も従前の大学の授業とはまったく違う工夫や努力がはじまりました。
【伊藤】 ただ、残念ながら必ずしもそういう授業ばかりではありません。
【大出】 もちろん院生たちから教員の授業に対して大きな不満が表明される場合があることは事実で、今後いっそう改善されなければなりません。
ただ、院生たちの不満の内容は吟味する必要もあります。たとえば、従前の司法試験受験生たちは判例や通説を中心に学んできたという面があって、こんにちの法科大学院ではそのような授業ではなく、様々な角度から自分の頭で考えさせるものとなっています。法科大学院で何をどのように教えるかは絶えず検証されなければなりません。
【伊藤】 多くの法科大学院の院生たちに日常的に接していて、院生たちは法律家になるにあたって必要な知識を十分に吸収できていないということを痛感します。私は法科大学院での教育の現状を否定的に感じざるを得ません。

【中西】
 
制度改革の当初の議論としては、司法試験合格者が年間1500人だったところを2000人、3000人へと増やしていく、そのためには教育を厚くして合格者の質を下げずに、むしろ高めていくという目的から法曹養成の専門教育=法科大学院教育を導入することにしたということです。私はその教育が十分に成功していないとは思いますが、その制度設計の理念自体に間違いがあったとは思いません。
【大出】 これまで法曹養成のあり方が体系的に提示されてきたかというと、そうではありませんでした。いまなお、模索中と言えるでしょう。ただ、大学という教育機関が法曹養成のための教員を配置し、法律基本科目から隣接科目、実務科目など、法律家になる人たちが涵養すべきことを明らかにして、それぞれの大学の個性を尊重しながら、また実務とも連携しながらカリキュラムを組み立てて教育を始めた、そのこと自体は評価されることです。
【伊藤】 ただ、合格率が1%を切っている旧司法試験の受験者数がほとんど減っていないにもかかわらず、いま法科大学院進学希望者が激減している状況は深刻に見る必要がありますよね。
【中西】 法科大学院生の定員は、初年度から全国各地の法科大学院で合計6000人を超えることになりました。したがって、制度発足当初から、法科大学院修了者の新司法試験の合格率は7、8割にはならない、ということになってしまいました。そうなれば、法科大学院進学希望者が減ることは当然ですよね。
【大出】 法科大学院の定員が6000人を超えてしまったことに問題があったことは明らかですが、なぜそうなってしまったのか、が大事だと思います。その背景には、とにかく法科大学院をつくりたいという大学と全体計画を持ち得なかったという文部科学省の大学行政の問題点もあるでしょう。
【伊藤】 文部科学省と法務省との連携の欠如、いわゆる縦割り行政の弊害もあったでしょう。
【中西】 法科大学院修了者の新司法試験合格率が低くなることで、法科大学院への進学希望者が減っていることは大変由々しいことです。特に、法学部以外の学部出身者や社会人が法科大学院進学にチャレンジする意欲がなくなってきていることは大きな問題です。
新司法試験は法科大学院教育の成果を試す、資格試験的なものにすべきことを徹底しなければいけなかったはずです。ところが旧来型の発想で、試験の合格者数を絞り、競争試験として運用してしまったことが問題だと思います。
【大出】 法科大学院で学び、法律家としての能力を培っても、合格者数に枠があることから合格しない修了者が多く生まれている。それをどう打開していくかが当面の課題です。
新司法試験で10点足りずに不合格になってしまった人たちが法律家としての能力を持ち合わせていないかというと、10点違いでそのような能力が涵養されていないというようなことは絶対にありません。
【伊藤】 私も法科大学院修了者の新司法試験での答案を見てみると、最近とくに今年は、間違いなく合格するだろうという受験生が随分落とされてしまっています。明らかに、はじめに合格者数の数字があって、受験生の能力で合否を決めているのではない、という感を強くします。昨年までの状況を見るならば、今年の合格者はあと数100人増やしてもおかしくなかったと思います。

<続く>
 
【プロフィール】
大出良知氏(東京経済大学現代法学部教授。刑事訴訟法学・司法制度法論を専攻。元九州大学法科大学院長、日弁連法務研究財団認証評価事業評価委員)
中西一裕氏(弁護士。日弁連法科大学院センター委員、日弁連法務研究財団認証評価事業評価委員、日弁連法曹養成対策室室長(2004年から2008年)等を歴任。)
伊藤真氏(伊藤塾塾長。弁護士。法学館憲法研究所所長)