福祉と連携して一番遠い人のもとへ―法テラス佐渡での経験から―  
2009年10月12日
冨田さとこさん(法テラス佐渡法律事務所弁護士)
はじめに

2006年10月、法テラスの開業と同時に、常勤弁護士として佐渡に赴任しました。
日々の業務は、佐渡に暮らす方のよろず相談を受け、必要な事件は受任し代理人として活動することです。自営ではなく、法テラスから一定の所得を保障されていますが、業務内容は開業弁護士と同じです。
まもなく任期を終えます。この3年間、相談予約は常に1か月待ち。職員2人と努力していますが、満足に需要に応えられない状況に葛藤する毎日でした。
相談が殺到しているのは佐渡だけではありません。今日も、全国でひまわり基金法律事務所や、法テラスの若い弁護士が、同じ悩みを抱えながら、司法過疎解消のために活動しています。また、都市部でも、法テラスの常勤弁護士、心ある開業弁護士が、民事法律扶助、国選刑事弁護に日々汗をかいています。
それでも、まだ司法の救済をつかめない人がいます。私は、佐渡に来て、弁護士に相談できない人の存在を知りました。
自分から問題解決に向かうことができない人

あるひとり暮らしの高齢者を例に挙げます。その方は認知症で、年金をおろしては紛失し、食べ物を買っては忘れてしまう。年金支給日から数日経つと、所持金は底をついていました。自動車のローンの支払いを忘れたのか、支払えなかったのか、やがて訴状が届き、判決に至り、唯一の資産である自宅が競売にかかっていました。
この方は、訴状が届いても、その重要性が分かりません。分かっても誰かに相談するということに思い至らない。思い至っても、忘れてしまう。訴状の送達から判決の送達に至るまで、何度も用意されている問題解決のための機会が全く機能していませんでした。
まして、弁護士に相談することなど思いもよらないことだったでしょう。このような手続で、一人暮らしのお年寄りが、生まれてからずっと暮らしてきた家を失いそうになっている。やりきれません。
また、別の件では、自宅から遠出できない身体障がい者が、訪問販売で組んだローンの支払いに苦しんでいました。入院している方もいます。精神障がい、知的障がい等が原因で、積極的に危うい立場に置かれていることに気づかない、気づいても積極的に相談することができない人もいます。
貧しさによる障壁

判断能力や身体能力だけでなく、貧しさも、法律家と市民の間の障害になっています。
私は、佐渡に赴任して、貧しさがあまりに身近にあることに驚き、3年以上経った今でも、その現実になかなか慣れることができません。貧しさが子ども達の未来を暗くしていることを知りました。厳しい生活から浮かび上がる機会すら持たない子ども達の存在は、高等教育を受ける機会を当たり前のように与えられた私には想像すらしない現実で、重くのしかかってきます。
20代前半の債務整理が多いことにも胸が痛みます。親から借りさせられた。生活費のために借りた。中には、「お米を買うために」キャッシングをしたという20歳の少女もいました。車がなければ生活もままならないし、正職員になることはまず不可能なのに、運転免許を持たない若者がいます。
彼らは問題を発見する能力はあるのに、解決することを諦めてしまっています。また、解決する気力を振り絞っても、法律家に相談するという選択肢が端から存在しません。
虐げられた人を励まし、問題解決に向けて一緒に行動することも私たち法律家の役割です。
しかし、当事者に選択してもらえなければ、入り口に手が届かない。
福祉とのネットワーク

このような人たちの問題を発見することができるのは、社会福祉の現場です。
佐渡に赴任してから優先的に取り組んだのは、高齢者・障がい者の周辺で起きる問題について、福祉機関とネットワークを作ることです。
毎日のように訪問する介護ヘルパーであれば、請求書を発見して異常に気づくことができる。地域に根付いた保健師であれば、対人関係に問題を抱えている人でも心を許して自分の問題を話すことができる。また、生活保護家庭を訪問しているケースワーカーに法律家の利用方法を知ってもらえば、法律家への相談を選択肢として指し示すことができます。
福祉との連携は、司法を入り口にする場合も、うまく機能することがあります。法律相談に来られる方の中には、司法的解決だけでは悩みを解消できない方もいます。そのような場合、たとえば社会福祉士とともに相談に入ることで、司法的解決を目指す部分と、福祉的ケアで解決する部分を、互いに役割分担して全体的な解決を目指すことができます。
現在、法テラス佐渡に持ち込まれる事件には、常に一定の割合で、地域包括支援センター、市役所、民生委員、生活保護担当者からの紹介・持ち込み事件があります。
ある社会福祉士は、私の依頼者の今後の生活を心配し、介護・医療の計画を立ててくれています。また、ある民生委員は知的障がいを抱える依頼者の相談に付き添い、自宅に帰った後のフォローや親族との調整を行っています。また、ある市の職員は、刑事事件を起こしてしまった方の家庭を定期的に訪問し、話し相手になり、見守ってくれています。
司法過疎対策から司法アクセス確立へ

上記のような司法への障壁は、過疎地だけの問題ではありません。
私が、佐渡の3年間で学んだのは、これからの司法が向かうべきは、司法「過疎対策」から一歩進んで、司法「アクセスの確立」であるということです。
最大公約数の幸福を目指す行政の網からこぼれ落ちてしまった人を支援するのが司法の役割です。こぼれ落ちているのは、これまで最も司法から縁遠かった人たちです。
この人たちに司法的解決の道を保証して、はじめて、2割司法が10割司法に近づくのだと思います。
 
【冨田さとこさんプロフィール】
埼玉県出身
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(第二東京弁護士会 桜丘法律事務所)
2006年(平成18年)10月 日本司法支援センターの常勤弁護士として佐渡に赴任(新潟県弁護士会 法テラス佐渡法律事務所)